プロフェッショナル原論 (波頭 亮)

プロフェッショナル原論 (波頭 亮)



僕と波頭亮との最初の出会いは「戦略策定概論」でした。
社会人2〜3年目だった時の僕が己の勉強不足を痛感して名著と言われる書籍を読み漁っていた頃のこと。
恐らくどのかの本か雑誌の「この本オススメ!」特集に載っていたのを見たのがきっかけだったと思う。
その本は誤植が多かったものの(笑)、バリューチェーンや3Cなど様々なフレームワークに関する解説とそれを用いた有効な戦略立案の方法について、「波頭節」(当時はそれが「波頭節」だなんて思わなかったけど)で非常に簡潔に語られていたのを覚えている。
その後波頭氏がMcK出身であることに加え、当時日本初のエンタメ分野シンクタンクであるぴあ総研の所長を務められていたこと、また様々なメディアにおいて呈していた政治、経済、社会に対する提言とその提言の厳しさが、波頭亮という人に興味を持つきっかけになった。

で、本書はそんな波頭氏が、「プロフェッショナルとは何か」について述べたもの。
そもそも「プロフェッショナル」ってなんとなくどういうものか理解はできるけど、説明してみろと言われると結構難しいもの。
僕自身「プロとはそれでメシ食ってる人」程度の認識しか持っていなかったし、Wikipediaを見ても色々書いてあって結局わかったような気にはなるが、とはいえじゃあ説明してみろと言われると「要はその道でメシが食えてる人だよ」程度しか説明できなくて四苦八苦しちゃうと思うけど、本書はそんな時として曖昧になりがちな「プロフェッショナル」という存在を非常に明快かつ明確に定義。ここまで明確、かつ明快(この「快」が結構重要)な定義に僕はこれまで出会ったことがない。

本書では、「プロフェッショナル」を3つの形態的要件、2つの意味的要件から定義している。
3つの形態的要件とは、

  1. 職能=当該分野に関する高度な知識、技能を有していること
  2. 形式=特定のクライアントから特定のテーマに関する依頼を受けること
  3. 身分=組織に属さない自由な立場であり、かつミッションが自己完結すること
の3点。また2つの意味的要件とは、

  1. 公益への奉仕=私利私欲のためではなく公益のために奉仕する使命感を持つこと
  2. 厳しい掟の遵守=顧客利益第一などの掟(=自己規律?誇り?)を順守すること
の2点。
これらの定義は、字面だけ追うと微妙な印象をうけるかもしれないけど、具体的な事例に当てはめると明快に理解できる。
例えば、僕が尊敬するプロフェッショナルDJである木村コウの場合。

  1. 形態的要件
    1. 職能:
      DJに必要な楽曲、音響、機材、もしくはクラブカルチャー等に関して圧倒的な知識とスキルを持っている。
    2. 形式:
      どんなギグもクライアント=パーティオーガナイザーから直接、個々に依頼を受ける。
    3. 身分:
      フリーランスであり、さらにクライントからのオファーに応えるための知識、スキルその他のリソースは木村コウ本人の中で完結する。
  2. 意味的要件
    1. 公益への奉仕:
      (DJの場合「公益」という言葉には適さないけど)私欲を追求するのではなく、あくまでオーガナイザーやクライアントの満足を目的とする。
    2. 厳しい掟の遵守:
      顧客利益第一、成果志向、品質追求、価値主義、全権意識、全て合致する。特に彼がよく語るのは「オーディエンスが楽しく踊るのが全て。それに対して、どんなオファーであろうとどんなパーティであろうと、パーティの質や規模にかかわらず自分は全力でDJする。」ということ。これは厳しい掟の遵守であり、プロとしての誇りそのもの。

普段から「コウさんてプロだよなー」と思っていたけど、その「プロだよなー」感がなぜ生まれるのか、その理由が上述した波頭氏の定義との照合によってスッキリと腹に落ちた次第。「だからコウさんはプロなのか!」と。

さらに、本書で述べる重要なメッセージは、「プロなら高度な知識や技能を持っていて当たり前。それは前提条件。それに加えて厳しい倫理観や自律の精神を持っていることが重要」ということ。言い換えれば「高度な知識や技能を持っている人は、それを自分のためだけに使っちゃダメ。世の中のために活かさないと!」というメッセージ。つまり「ノブレス・オブリージュ」。

僕がこれまでの人生における様々なシチュエーションで教えられてきたのは、「カッコつける」ということ。
例えば。
「電車乗る時自分が座りたいあまり降りる人を押しのけて電車に乗るってカッコ悪いじゃん。」とか。
「勉強ばっかりガリガリやって勉強だけできるだけじゃダメでしょ。勉強はできて当たり前、それ以外に思い切り遊ばないと。」とか。
この辺の美学を僕に教えてくれたのは、恐らく父や中学高校の先輩同級生。

義務を果たす前に権利を主張するのってダメだと思うし、言い訳したりわからないことをわからないって言わないのってカッコ悪いと思うし、与えられた仕事請け負ったミッションに対してそれがどんなつまらないものであっても一生懸命取り組まないのってどうかと思うし。
そういう意味では、天下りした役人さんとか(天下りという制度がダメって言ってるんじゃなくて、天下り後に週3日くらい出社して新聞読んでるだけなのに高給もらうのがカッコ悪い)、国民がよくわかってないことにつけこんであることないこと吹聴しちゃうマスコミさんとか評論家さん、政治家さんとか、悪いことをしても謝らずに隠蔽しようとしちゃう企業のエラい人たちとか、これらのエスタブリッシュメントたちがもうちょっと美学を持ってくれたら、「ノブレス・オブリージュ」的気概を持ってくれたら、日本はもうちょっとよくなるんじゃないでしょうか。

これを読んで共感してくださった方は是非一度木村コウさんがDJしているパーティに行ってみてください(笑。
そして彼に話しかけてみてください。
geekyなアニメトークの合間に、彼の非常に真摯なプロフェッショナリズムが垣間見えるので。