日本中枢の崩壊 (古賀 茂明)

日本中枢の崩壊 (古賀 茂明)



人はとても素直な生き物だと思います。

やりたくないことはしたくない。やりたいことをするだけ。
過食症の患者であってもそれが当てはまるそうです。長期的には自らを苦しめる行為も、短期的にはアドレナリンの大量分泌をもたらし、ストレス解消になると。つまりこのアドレナリンの大量分泌がインセンティブになっているわけです。
ただ、人間の行動が他の生物と比べて少々異なるのは、欲求が5段階もあるがゆえに、自分が置かれている社会や環境によってそのインセンティブ、ブレーキが変わること。
偽善エコロジーの書評でも書きましたが(武田邦彦氏の論の信憑性はともかく)、エコを推進する面々が武田氏の言うように時代劇に出てくる悪代官のような悪ーい人間とは僕にはとても思えません。彼らは恐らくもっと卑小で、そしてごくごく普通の存在のはずです。そして社会や環境に与えられたインセンティブに沿って行動しただけのこと。

同様のことが官僚にも言えのではないでしょうか。 先日民主党代表選で野田氏が新代表に決まった際、「財務省の傀儡」などと言われました。この批判の中では「財務省は自らの省益のために増税を目論む」というような論調がありました。本書でも同様の論が述べられています。この事実のほどは僕には定かではありませんし、もしかするとそれは本当かも知れません。しかし官僚個々人、一人一人が膨大な利益を貪るべく、それが国民への裏切りとなる重大な不正だということを認識しながら、そのような行為を推進しているのでしょうか。
この意見に僕は疑問を感じます。

僕には官僚の友人も何人かいますし、仕事で官僚の方とお付き合いさせて頂いたことも何度もあります。そこで出会った官僚の人々は、どうもそんな悪事を企む類の人種には見えません。
もしかしたら彼らとビジネスをする我々民間企業の人間も悪事に加担しているのかもしれません。ただ、僕を含むサラリーマンはただお客様からご発注頂くべく、ご発注いただいたらお客様が満足するものを作るべく、そしてその結果給料をもらって生活すべく、ただただ一生懸命働いているだけです。
彼らはただ評価されて給料が欲しいだけ。それも多分大幅な増額なんて期待していない。ただ上の世代と同じくらいの生涯賃金を求めているだけ。
彼らも家族を養わなければならないだろうし、住宅ローンも払わなければならない。(公務員宿舎があるかもしれないけど)「天下の役人がそんな志では困る!」という意見もあるかもしれませんが、大企業で闇雲に働くサラリーマン同様、彼らも自らの生活のために組織に求められることを闇雲に遂行しているだけなのではないでしょうか。

本書は今をときめく反骨経産官僚古賀茂明氏による官僚、政府批判。古賀氏といえば今ではテレビ等各メディアに引っ張りだこの人気者、逆境の中正義を全うするヒーローです。
本書は元産業再生機構のトップ富山和彦氏の著書「会社は頭から腐る」と同じこと述べているように思えます。ただ、その分析、批判の対象が中央省庁か大企業かが違うだけです。冨山和彦氏の「人は性格とインセンティブの奴隷」という言葉は古賀氏の批判に通じるものがあります。古賀氏もまた産業再生機構の執行役員を務めていたため、彼らの考え方は通じる部分があるのかもしれません。
その冨山氏の考えに沿えば、役人もまたただの人間、自らの性格と組織に与えられるインセンティブに対し素直に、ただ一生懸命生きるているだけのように思えます。

問題はその人事制度です。
例えば。
営業担当者を闇雲にその 利益額だけで評価しようとするなら、その営業担当者はできる限り売上を上げ、そしてコストを減らそうとするでしょう。しかし、その圧力が過度に高まると、不当に高い売値を付けたり不当にコストを下げようとする。以前起きた耐震偽造問題の原因の一つはそこにあるのではないでしょうか。
役人も同様。「いかに国民もしくは国民生活に貢献したか」ではなく、事実上「いかに省益に貢献したか」によって評価されるのならば、彼らは自らの評価向上に対して素直に行動し、多くの予算を獲得しようと躍起になるのではないか。
つまり批判されうるべきは役所なり大企業の人事を含む制度体制であり、個々人ではないのではないか。

ではどうそれを是正するか。
大企業であれば、以下に規模が大きくとも市場の監視の目に晒されます。不当なことをすれば自ずと市場からの退出を求められる。淘汰されていく。しかし中央省庁にはその自浄能力がない。唯一官僚機構の改革を遂行できるのは、官僚機構をリードすべき立場にある政治家。しかし残念ながら多くの政治家すらも、自らの生活や短期的な評価を追い求め、大衆迎合してしまう傾向にあります。
政治家に「得票」というインセンティブを与えるのは誰か。

人は素直な生き物です。
やりたくないことはしたくない。やりたいことをするだけ。
ただそれが他の生物と比べて少々異なるのは、欲求が5段階もあるがゆえに、自分が置かれている社会や環境によってそのインセンティブ、ブレーキが変わること。
幸いなことに、少なくとも政治家のインセンティブは、我々国民の意識向上によって 変えることができるはずです。それは何も失言をあげつらって大臣を更迭するものではない。自らの投票行動に責任を持つということです。

というわけで公務員制度改革のためにはそれを対岸の火事と認識していてはいけないんだなあと改めて痛感させられた一冊でした。