意志とイノベーション。

意志とイノベーション。


意志とは何か。意志がもたらすものとは何か。意志はどうやったら生まれるのか。
以前このエントリーでも書きましたが、人生のある瞬間から、それまでは考えもしなかった「意志」という言葉が難問として僕の人生につきまとうようになりました。
未だにこれらの問いの答えは全く掴めていませんが、最近意志がもたらすものを理解する上でのいい題材をいくつか目にする機会がありました。

  1. あるプロ野球選手の例
    なんとなくテレビを見ていたら、つい最近プロ野球選手になった若者のことが取り上げられていました。なんでも彼が幼少の頃に口走った「僕は将来プロ野球選手になる」という言葉を受け、彼の両親と祖母がずっとサポートをし、ついに彼は念願のプロ野球選手になることができたとのこと。
    ここで僕の目を引いたのは彼の祖母でした。この祖母は「この子を絶対にプロ野球選手にする」と思い立ち、それ以降ずっと彼の食事作りを担当したそうです。毎日欠かさず彼の食事を作ることはもちろん、さらに独自に栄養学を学び、「筋力をつけるにはこういう食事」「試合前後にはこういう食事」など、食事の面から彼をフルにサポートしました。
    もちろんプロ野球選手になれたのは本人の意志によるところも大きいと思います。野球の技術やその技術向上のための継続的な練習は彼の意志なくしては成立し得ない。しかし、体格とその体格から生み出される投球の速度やバッティングの飛距離もプロ野球選手としての重要な要素だとするならば、この祖母の尽力が彼の体格づくりに果たした役割も小さくないのではないでしょうか。身体の育成における遺伝等先天的要素の影響は約25%といいます。つまり残り75%は後天的なもの。その中でこの祖母が長い間にわたってもたらした貢献はどれほどのものでしょうか。
    この場合、「祖母の意志」が彼の体格を遺伝による部分以上に成長させその結果彼がプロ野球選手にることができた、つまり「『祖母の意志」が彼をプロ野球選手にした」と言えるのではないでしょうか。

  2. ある会社の例
    ある設立間もない会社がありました。この会社が設立された際の事業計画では、約3年後にある程度の売り上げを上げることが期待されていました。設立初年度の売り上げは予定通り。しかし2年後には当初計画の約2倍の売り上げを達成し、3年目には当初計画の3倍以上のコミットメント、しかし内部の目標としては10倍以上を掲げている。
    この大幅な事業計画からの上振れは、「社長の意志」によるものでした。彼が社長を任された時、設立当初の事業計画はさておき、マーケットの状況や会社の置かれた環境を鑑みた結果5年で4桁億円程度売り上げる会社にさせる必要があると考えたといいます。その目標を設定した上でどう実現するかをマーケットを見ながら考え、これまで誰も思いつかなかったようなビジネスモデルやサービスを考えつきました。結果としてこのサービスはマーケットのニーズを捉え、5年で4桁億円とはいかないまでも3桁億円程度までの道筋はつくようになりました。
    もちろんそれを実現する社員のオペレーションも特筆すべきものです。ただ、それは「社長の意志」とそれに基づく事業戦略から始まったのも事実。この場合、「『社長の意志』が会社を飛躍的に成長させた」と言えると思います。

  3. ある夫婦の例
    泣く子も黙る名著「7つの習慣」で主体性について述べられている章に下記のようなやりとりが記されていました。少し長いですが引用します。

    あるセミナーで主体性について抗議していた時、ある男性が前に出てきてこう言い出した。

    「先生のおっしゃっていることはよく分かるんですが、人によって状況はすべて違うんですよ。例えば、私の結婚を考えていただけますか。不安でたまりませんよ。妻と私は昔のような気持ちがもうないんです。私は妻を愛していないし、妻も私のことなんか愛していません。こんな状態で何ができるって言うんですか」

    「愛する気持ちをもう失ってしまったんですね」と訊くと、

    「そうです」と彼は答え、「子供が三人もいるので、とても不安なんです。どうしたらいいのでしょうか」と続けた。

    「奥さんを愛しなさい」と私は返事した。

    「ですから、今言ったでしょう。その気持ちはもうないって」

    「だから、彼女を愛しなさい」

    「先生は分かっていない。愛という気持ちはもうないんです。」

    「だったら、奥さんを愛すればいいんです。そうした気持ちがないのだったら、それは奥さんを愛するとても良い理由になりますよ」

    「でも、愛情を感じないとき、どうやって愛すればいいんですか」

    愛は動詞である。愛という気持ちは、愛という行動の結果にすぎない。だから奥さんを愛しなさい。奥さんに奉仕をしなさい。犠牲を払いなさい。彼女の話を聴いてあげなさい。感情を理解してあげなさい。感謝を表しなさい。奥さんを肯定しなさい。そうしてみては、いかがですか」

    夫婦を続けるということはそこまで特別なことではないかもしれません。しかしながら夫婦の3組に1組は離婚すると言われている時代において、家族関係を維持することだけに留まらず、何十年もの夫婦生活を通してお互いを愛し続けていられる夫婦がどれだけいるでしょうか。こう考えると「何十年もの長い期間に渡って特定のパートナーを愛し続ける」ということ自体傑出していることだと思います。そのような状態に至ることができるのはお互いの相性や考え方の一致など色々要因はあると思いますが、この「『愛する意志』が結婚生活を持続させた」と言っても過言ではないと思います。

どの例でも言えるのは、仮に意志が介在しなかったとしてもそこそこの成長は見込めただろうということです。プロにはなれずともそこそこの野球選手には慣れたかもしれないし、飛躍的な成長はせずとも当初の事業計画をある程度上回るパフォーマンスは出せたかもしれない。またいつまでもラブラブとまで言わずともそこそこに家族仲良く暮らしていけるかもしれない。しかしながら、飛躍的な成長、つまりプロ野球選手に相応しい身体的成長や設立時の事業計画を大幅に上回る会社の成長、何十年も続く愛は、何らかの「強い意志」の介在なしにはもたらされなかったのではないかと思います。歴史に「たられば」はありませんが、「飛躍的な成長」を「イノベーション」と言い換えるのならば、イノベーションは強い意志のもとでしか生まれないのではないか。強い意志がイノベーションを生み出すのではないか。

逆に、強い意志がないところには、イノベーションは生まれないのではないか。
強い意志があってもイノベーションが生まれるとは限らない。しかし強い意志がなければイノベーションは生まれない。特定の専門知識・技能があったわけでもなく、英語が話せたわけでもない僕が海外に赴任させてもらえたのは、意志があったからだと思います。また、今僕が仕事を頑張っているのも、語学の勉強に励んでいるのも、運動を続けているのも、頻繁に旅行に行くのも、こうしてブログを書き続けているのも、意志によるものです。しかし今、赴任前に持っていた意志が期待以上に実現できた時点で、次の意志を見失っている。より長期的な意志、つまり「志」がないのは元々の悩みでしたが、今は短中期の意志すら見失っている。
そもそもこのエントリーでも書いたように僕がゼネラリストなのは、僕に意志がないからです。
僕のワークスタイルは「チームの穴を埋める」というものです。すなわちサッカーのチームにおいてフォワードが足りなければフォワードをやるし、ゴールキーパーがいなければゴールキーパーをやる。設立直後の会社で苦労しながらもエンジョイしつつ貢献できたのは、その組織が穴だらけだったからであり、僕が「おれはフォワードしかやりたくない!」なんていう意志をもたなかったから。

イノベーションは起こしたい。目覚ましい実績で世の中に認知されたい。だけどそれに必要な強い意志をどう生み出せばいいのか、人生を賭して打ち込みたいことをどう見出せばいいのか、よくわからない。
というわけで僕に強い意志が生まれるまで、当面は穴を探して彷徨おうと思います。