点と点が、線になる。

点と点が、線になる。




将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。

ご存じの方も多いと思いますが、これはスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式にて語ったスピーチの一節です。スティーブ・ジョブズは、大学中退後にカリグラフィの授業を聴講したことで、それがMacの開発に活かされ、Macの大ヒットに繋がったと語っています。カリグラフィの授業を聴講していた頃のスティーブは、その後自分がコンピュータを開発することも、そのコンピュータが美しいフォントを実装することも想像だにしていませんでした。しかし結果としてその経験は彼のキャリアにおいて非常に重要なものだった。要するに、自分のキャリアについて、予め将来を予測して設計することなどできず、ただ振り返った時に過去の自分の行動が今に活きていることがわかるだけ、ということです。

僕も最近このような感覚、点と点が線になる感覚を強く感じます。
過去の自分の行動、それが将来どのように活きるのか、もしくは全く活きないのかもわからずにやっていた行動が、今になって思わぬ形で現れてきて、自分の人生を形作っていること。それを実感すること。例えば、僕は以前から友人たちに「考え過ぎ」とか「趣味、悩み」と言われていたくらい色々ウジウジ思い悩む人間でしたが、今振り返ってみると、その悩みがこのブログの礎になっているんだな、ということを実感します。当時は悩むことも嫌いでしたし、自分のウジウジ悩むような性格もとても嫌でした。しかしその悩みが将来ブログのネタになって、少ないながらもマネタイズに貢献しつつ思考のトレーニングに寄与することになるなんて。そんなこと、考えてもみませんでした。

「カリグラフィを学んだこと」と「Macを開発したこと」。
「ウジウジ悩むこと」と「ブログを書くこと」。
何かのアクティビティが、別のアクティビティと化学反応を起こすこと。そして強烈な相乗効果を発揮すること。しかしどのアクティビティとどのアクティビティが化学反応を起こし、強烈な相乗効果を生むかは、事前にはわからない。

僕の場合、この化学反応は性格の変化を伴います。
厳密に言えば、もちろん「ウジウジしている」「女々しい」「陰湿」というもともと僕が持っている基本的な性格は変わりませんが、思考様式や行動パターンはこの化学反応を経て大きく変わる。というよりもそういった思考様式や行動パターンに変化を及ぼすからこそ化学反応と言えるのかもしれません。
先日出席した大学のゼミの会合で、先輩に「キミって昔からこんな人だったっけ?」というようなことを言われましたが、これは大学卒業後に経験した化学反応によって、僕の思考様式や言動が変化した故ではないかと思います。幾度かの化学反応を経て、多分僕の性格は学生時代のそれともはや大きく異なっているのかもしれません。

さて、前置きがかなり長くなりましたが、本エントリーでは僕がこれまで経験した化学反応と、それによって自分がどう変化したかを棚卸ししてみたいと思います。

  1. 2005年、初めての転職活動。
    僕の新卒での就職活動は、正直言ってあまりうまくいったと言えるものではありませんでした。悔しさや情けなさに苛まれつつ、辛うじて内定をもらって入社した後も「今いる場所は自分のいるべき場所じゃない」と思う日々。そんな僕は入社して2、3年で、転職活動をしました。自分が何をやりたいかすらわかっていないにも関わらず。
    結果は散々でした。
    ただ、このコテンパンにされた経験のお陰で、自分がいかに無知だったかを知ることができました。それまでは新聞さえ読まなかった僕が本を大量に読むようになったのはまさにこの出来事がきっかけです。そして、「伝わる・揺さぶる!文章を書く」と「史上最強の人生戦略マニュアル」という2冊の本に出会ったお陰で、「自分の頭で考えるということ」「答えを他に求めるのではなく自分の中に求めること」を学ぶことができました。
    化学反応を起こすイベントは他にもいくつかありますが、今振り返っても、これが後に続く化学反応の起点となったイベントである点、そしてそれがもたらした相乗効果のインパクトの強烈さという点で、この2005年の出来事、学びを超えるものはまだありません。

  2. 2008年、プライベートなこと。
    2008年に私生活で変化がありました。これには大きな意思決定が伴いました。
    往々にして、ポジティブな意思決定は根拠が薄弱でもあまり悩む必要はなく、それゆえ根拠を細部に至るまで追求、整理する必要はありません。一方で、ネガティブな意思決定、特に他者への説明責任を伴うような意思決定は、詳細な根拠の提示が求められます。その意思決定が人生に影響を与える場合、意思決定の礎となる根拠は、哲学です。どの選択肢を選んでも何かが大きく毀損していく側面、その中で何を基準にどういう選択をするのか。それはなぜか。それはどのような人生を生きるためか。
    この経験で学ぶことができたのは、「自分はどういう人生を生きたいか?」という問いへの手がかりでした。当時少なくとも半年ほど毎日このことを考え、その結果ようやく朧気に掴めた感じのある答え。それは自分は何かに妥協したり何かを我慢するために生きているわけではなく、何かを成し遂げたり楽しんだりするために生きている、という当たり前のこと。
    そしてもう一つ学んだのは、「生きたい人生を生きることに伴う犠牲への覚悟」でした。面白いことに、自分一人で生きたい人生をただ生きるだけでも、他人を犠牲にします。竹取物語でかぐや姫は「結婚しない」というポリシーを貫くため、5人の求婚者に試練を与えることになりました。彼らはその試練に失敗し、中でもある一人は命さえ落としてしまいます。自分の生きたい人生を生きること、それ自体一見して直接他人に迷惑をかけるものではなかったとしても、結果として他人を犠牲にしてしまう状況は生じます。それが全く自分の望まない事態であっても、自分が最も犠牲にしたくない人であっても。それでも自分のポリシーを貫くには、その犠牲を背負う覚悟が必要です。
    この出来事を経て、自分の人生の哲学はある程度形作られたように思います。

  3. 2011年、インドネシア赴任。
    インドネシアでの海外赴任生活は、生きたい人生を生きる上で必要なことの一つでした。
    赴任する際の漠然とした抱負は「後悔しないようやりきること」。短い赴任期間の間に、やるべきこともやりたいことも含め、仕事もプライベートも、いかに全てをやり切るか、いかに経験を詰め込むか。この点を意識して日々を過ごしました。
    お陰様で、これまでブログにも書いた通り(「何を得たか。」「時間を有効活用するための7つのコツ。」)、この海外赴任は僕に数え切れないくらい多くの学びをもたらしました。そもそも外国にほとんど行ったことがなかった身としては海外に行くこと自体が新しい刺激でしたし、それ以上に新たな文化や言語を学ぶこと、新しい場所や景色を見ること、新しい職務に携わること、新しい趣味を始めること、などなど、それまで経験していなかった非常に多くの経験を新たにすることによって、自分の感覚が大いに「拡張」されたように思います。ここで獲得したことは、「やりたいことをやってみるフットワークの軽さ、行動力」と、「失敗してもなんとかなるという安心感、自信」でした。
    それまでは、不安や心配、億劫さから物事をつい先延ばしにすることも多々ありましたが、インドネシアでの日々を経て、初動に必要な時間を大幅に短縮された上、行動の総量自体が増えました。また、オンでもオフでも様々な失敗を経験することによって、それらへの対処方法も獲得できた上、「大体の失敗はなんとかなる、なんとかできる」という感覚も身体感覚として蓄積されました。

振り返ってみると、スティーブ・ジョブズの言葉通り、人生はまるで一本の線で繋がっているかのようです。
2つ目の学びは、1つ目の学びがあったが故に学ぶことができました。3つ目の学びも、2つ目の学びの上に成り立っています。ご覧になって頂ければわかる通り、1つ目、2つ目、3つ目の学びのきっかけとなった出来事にはまるで関連性がありません。それにもかかわらず、そこで得られた学びは相互に密接に関連している。先を見越してこんなことができるはずもなく、振り返ってはじめてそこにある軌跡を確認できる。

振り返ってもう一つ気づくのは、上述した化学反応が2005年の1つ目以降3年おきに訪れているということです。これは全くの偶然ですが、一方で仕事を例に考えてみても、確かに3年で一巡したと感じることが多そうです。DJに例えると3時間セットが一番しっくり来るイメージ。最初の30分は自分の前のDJから交代して、フロアの空気を徐々に自分の空気に塗り替えていく時間、次の2時間が自分のプレイを思い切りやる時間、最後の30分は次に交代するDJとの交代の仕方やタイミング等図りながら自分のセットを仕上げる時間。こういうことを考えると、化学反応が3年おきに訪れるのも、僕にとっては何らかの蓋然性がありそうです。

前回の化学反応はちょうど3年前。
そして今年、2014年。何が起こるのかとても楽しみです。