競争の作法 (齊藤 誠)

競争の作法 (齊藤 誠)


非常に不思議な本です。
経済の話をしているのか、文学の話をしているのか、哲学の話をしているのか、よくわからない。
よくわからないけれども、恐らく哲学即ち生き方の話をしているのだろうと思います。

本書の書評を書こうとしたとき、一体何処から手をつけていいのか悩みました。

まず最初に考えた切り口は「競争の是非について」。
本書の真のテーマは「我々は市場原理主義や競争社会を過度に忌避するのではなく、むしろそれらに正面から向き合うべきではないか?」ということ。
筆者はエピローグでこう述べています。
[quote] 厳しい国際競争から日本経済に求められている生産コストの削減や生産性の向上は、日本経済で活動している人、一人一人が真正面から競争に向きあうことでしか実現できない。
 真正面から競争に向き合うということは、利己心をむき出しにして、他人をけおとすことではけっしてない。むしろまったく逆で、経済合理性から、他者への配慮や他者の尊重から、あるいは、新しい生き方を前向きに模索することから、保身や嫉妬を乗り越え、弱い自分を克服していくことである。[/quote]他者への配慮のために自らの保身をやめることができるか、他者の尊重によって自らの嫉妬を抑えることができるか、より具体的に言えば、窓際で新聞を読んでいる定年寸前の中高年が自らの高給を返上し今後会社を担っていく若い社員に分配することができるかどうか、優秀で大きな成果を挙げている同期社員に対して嫉妬心から足を引っ張るのではなくその差を受け入れ尊重しそこから何かを学びとることができるかどうか、これが「真正面から競争に向きあう」ことであると筆者は述べています。
僕はこの点に大いに共感します。
ものごころつく前から受験まみれだった僕の人生はその大半が所謂「競争」の中にありましたが、そんな競争社会はその字面から連想されるような利己的で冷徹なものではなく、まさに上記に書かれるような他者への配慮と尊重に溢れたフェアな世界だったように思います。当然才能もなく努力をしないものがいい思いをできる世界ではない。しかしながらそんな世界はどこにもない。であるならば現実と向き合うしかないのではないでしょうか。

次に考えた切り口は「戦後最長の景気で得たもの、リーマン・ショックによって失ったものについて」です。
昨今「デフレの正体」を始めとして、主にバブル崩壊以降20年の日本経済動向について解説する本が増えてきました。バブル崩壊は僕がちょうど中学に入るか入らないかの頃に迎えたため、その後物心がついてから見てきた日本の景色は常に停滞ムードでした。
その中でも唯一ポジティブに語られたのは2002年から続いたいざなみ景気でしたが、「戦後最長」というキーワードに反して現実はテレビで見る80年代バブル期とは似ても似つかず、特段景気が上向いた実感に乏しいものでした。この失われた20年の原因を人口動態に求めたのが「デフレの正体」です。ただ、これはどちらかというと「原因」に関する考察。
一方で、「現象」の分析、つまり「『失われた20年』と言うが、具体的に何が失われたのか?」という点に着眼したのが本書です。特に先述した戦後最長の好況期からリーマンショックに至るまで、我々国民が何を得て何を失ったのか。この点について統計を丁寧に読み解きつつ、下記のように解説しています。

[quote] 「戦後最長の景気回復」は、実質GDPの成長に匹敵する雇用拡大を生み出さなかった。就業者数は1.3%増えたにすぎず、実質雇用者報酬の伸びも2.6%にとどまった。民間勤労者が受け取る現金給与の実質総額にいたっては、1%以上低下している。
 それとは対照的に、リーマン・ショックで雇用や給与の面で失ったものもわずかであった。実質GDPが9%弱も減少したのに対して、就業者数の減少率は1%弱、実質雇用者報酬の低下率も約2%だった。[/quote]つまり、我々国民は戦後最長の好況期においてほとんど何も得ておらず、そしてリーマン・ショック前後においてもほとんど何も失っていなかった。にもかかわらず我々が大きな喪失感を感じたのは、恐らく「ポジティブな経験よりネガティブな経験の方が印象が強い」ことと、「高度成長という思い出に縛られ成熟期における停滞を受け止められなかった」こと、そしてそこから生じた感情をワイドショー等がつぶさに拾って増幅したことが大きな原因なのではないかと思います。
池田信夫氏の「希望を捨てる勇気」にもある通り、成熟期に入った日本社会に生きる我々は「『成長』という希望を諦める」という現実に向かい合わなければならないのかも知れません。

最後の切り口は、「経済をきっかけにして生き方を問う中で、その指針を文学に求めるという独創性について」です。
特に印象深かったのは、中島敦の短編小説「山月記」を引用した部分。
「山月記」は、中国は唐の時代の話です。科挙に合格した二人の若者の一人袁傪は順調に出世する一方、もう一人の李徴は平凡な役人の仕事に辟易して官を辞し、詩の道に入るも大成せず、発狂して虎になってしまったという話。本書で引用されているのは、袁傪が虎になった李徴に出会った際の李徴の独白の部分です。(漢字をひらがなにするなど一部編集しています。)

[quote] 人間であった時、おれは努めて人との交わりを避けた。人々はおれを倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、かつての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとはいわない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。おれの珠にあらざることをおそれるが故に、あえて刻苦して磨こうともせず、また、おれの珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。おれは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによってますますおれの内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これがおれを損ない、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、おれの外形を斯くの如く、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。今思えば、全く、おれは、おれのもっていた僅かばかりの才能を空費してしまった訳だ。人生は何事をもなさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とがおれのすべてだったのだ。おれよりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、おれはようやくそれに気が付いた。それを思うと、おれは今も胸を灼かれるような悔を感じる。[/quote]一人一人が競争に真正面から向き合うとはどういうことか、ということについて、上記のくだりほど僕の腹の底を揺さぶるものはありませんでした。まさに僕と李徴には相通ずる部分があり、それ故に本書が伝えようとしているメッセージがより一層理解できたように思います。
このように、経済書の体裁でありながら哲学を論じ、その際に文学を用いるという手法は非常に印象的であり、かつ効果的であるように思います。これもまた本書の特長です。

結局、どの切り口で本書の書評を書こうか悩み考えあぐね、それぞれの切り口から書いてみても「こっちを書けばこっちが足りない」という状態に陥り、悩み悩んだ挙句ふとその悩みをそのまま書評にしてみました。
正直、本書で解説される日本経済の現象に関する分析について完全に納得しているわけではありません。(特に「2つの円安を追い風に日本製品を安く売りさばいた」というようなくだり)しかしながら、我々一人一人が競争社会に真正面から向き合う必要があるというのはまさにその通りだと思います。自分の中の保身や嫉妬を抑えられるか、そして李徴のようにならないためにはどう生きたらいいか、本書を戒めにして生きていこうと思いましたとさ。

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