人を動かす (Dale Carnegie)

人を動かす (Dale Carnegie)


あれは、高校生の頃。
ちょうど兄とMac系のカンファレンスに出かけたときのこと。電車に乗り込んだ僕らは空いていた席に座っていました。
ある駅に到着した時、老夫婦が降車する人を待たずして電車に乗ってきました。車内にいた酔っぱらいっぽい人がたまたまそれを見かけ、彼らを咎め始める。

「降りる人が降りてからのれよこのやろう!」

口調は最低だが言っていることはマトモ。そんなことを考えていたら次第に矛先は座っている僕らに向き始めました。

「お前らみてえな若ぇヤツが座ってるからジジィババァが慌てて乗ってくるんだろうが!」

口調は最低だが言っていることはマトモ。しかしやっぱり口調は最低なので僕はちょっとむっとしてしまいました。突然傍観者から当事者になった驚き、戸惑いと少々の憤慨はあったものの、僕らは仕方なく立ち上がって老夫婦に席を譲りました。

「どうぞ」席を薦める僕ら。
「あ、いえいえ、いいんです……」ビビって断る老夫婦。
「まあ、お前らは座っててもいいけどよお」と酔っ払い。

なんだかカチンと来た。いつから我々はこの酔っぱらいに着座の許諾を得なければならなくなったのか。どの立場でこの酔っぱらいは我々に着座を許可したのか。

「なんであなたが許可するんですか」と若気の至りな僕。「ああ?なにぃ??んだとぉ???」憤慨する酔っぱらい。
そこへ兄。

「まぁまぁまぁまぁ、わかります、あなたの言っていることよーくわかります。確かに我々若者がちゃんと席を譲るべきですよね。わかります。すみません。」
「お、おう、わかればいいんだけどよ……」

頷く酔っぱらい。収束。うーむ。

この直後、少々興奮していた僕は兄に聞いてみました。
「兄上、なぜ兄上はあのような輩にへりくだった態度をとられたのでしょうか?」
「ばかめ、へりくだっているように見せれば相手は気持ちが良くなってこちらの思い通りになるのだ。へりくだるのは態度だけで、腹の底では見下して笑っているのよ!ぐははははは」

なるほど、場を支配させたように見せかけて、実はこちらが場を支配する。これが「人を動かす」ということか……。


さて、これまで結構名作名著と言われる本を一通り読んできたつもりですが、そんなことを豪語しつつもこれまで一度も触れていない本。それがこの「人を動かす」。
どちらかというとどの本を差し置いても「これだけは読んどけ」的位置付けの名著かとは思いますが、そのあまりの人気っぷり、そこはかとなく臭う所謂「自己啓発」的なあざとさ、そんなあたりを嫌気したが故の食わず嫌い的な理由から「7つの習慣」と共に「絶対読むもんか」的位置付けにいつの間にか殿堂入りしていたこの本、あまり読むものがなくなった昨今ようやく重い腰を上げて手にとってみた次第です。
で、結論はと言うと、「読むべき」です。

内容は、非常にアタリマエのことが書いてあります。

「相手の立場に身を置く」「笑顔を忘れない」「誤りを認める」「長所を認める」

至極アタリマエです。アタリマエの極みです。
いや、これを一介のサラリーマンにすぎない僕でさえアタリマエだと思えるようになったのは、実は世の中がとても進歩したという証左なのかも知れません。
その一方で、当然といえば当然ですが、これらの知識がアタリマエのものとして普及しているからと言ってそれらを実行する難易度までが下がったわけではない。
常に人の立場に身を置くのは簡単ではないし、身を置いたところで自分の主張を押し通したい気持ちが優ってしまう。笑顔を忘れないようにしているけれども、忙しかったりストレスが溜まっていたりするとつい笑顔を忘れてしまうし、そういう時には往々にして笑顔を振り向くよりも振り向かれたい、構って欲しいと思ってしまう。誤りを認めるのは悔しくて恥ずかしいし、相手の長所を認めるのは自分が劣位であることを認めるのと同義な気がして怖い。

しかし、これらのアタリマエを実行できた暁には素晴らしい果実にありつくことができます。
それは「世の中は自分を中心に回すことができる」ということ。
そもそも本書の題名は「人を動かす」。「人に動かされる」のではなく「人を動かす」わけです。つまりこれは「自分を中心にして世の中を回すためのイロハ」が書かれた本と言えます。本書に記載されている限りなく真実真理に近い法則に基づけば、人を意のままに動かすことができる。
確かにそれは簡単ではありません。「人を動かす」ためには、「コップ半分の水」を「これだけ」と思うか「まだこんなに」と思うかによって自分の幸・不幸をコントロールするのと同じように、自分の意識レベル行動レベルの両面で忍耐や努力、改革が必要になります。これをやり遂げることができた人のみが、人を動かす力を手に入れることができる。

時々「上司の自分に対する評価が低い」と嘆く人を見ますが、このような人々は人を動かすための努力と忍耐を怠っているだけとも言えます。どこかの本に「上司にとって最良の部下は、何も言わずに全てお膳立てしてくれていつの間にか自分の手柄を作ってくれる」と書いてありましたが、まさに「部長、あの件、やっときましたんで」なんてことを部下が言ってくれて、それによって社長に「部長、よくやったな!」なんて言われようもんなら、普通の部長さんは喜ぶはずです。そして部下に感謝し、部下を評価するはず。普通は。このようなことをやりきった上でも上司がまだなお自分を評価しなかった場合、そこで初めて「上司の自分に対する評価が低い」という嘆きが妥当なものになるのではないでしょうか。

努力と忍耐さえすれば人を意のままに動かす事が可能。つまり世界は我が手の中にあるわけです。


さて、「人を動かす」ということの片鱗を高校時代に垣間見た僕はその後どうなったか。
あれから結構な時間が経ちましたが、こんな生意気なことを言いつつ今でもその努力と忍耐が困難なので、結局人に動かされてばかりの毎日です。
やはり人生は難しいもんですね……。

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