ダライ・ラマ自伝 (The Dalai Lama of Tibet)

ダライ・ラマ自伝 (The Dalai Lama of Tibet)


なんだか最近宗教に傾倒しております。
僕を含む多くの日本人は、日々の中であまり宗教というもの強く意識することはないのではないかと思います。別に毎週日曜礼拝に行くわけでもない、常に神にお祈りを捧げるわけでもない、初詣でお寺や神社に行ったりしますがそこでの礼拝方法をちゃんと使い分けている人はあまり多くないと思いますし、自ずからの強い意志で仏教徒になっているわけでもない。
その一方で、今僕の周囲には多くの敬虔な信徒がいます。その多くはイスラム教徒ですが、なかにはキリスト教徒やヒンズー教徒もいます。
そしてその多くは、日々のお祈りなど宗教的儀礼を欠かしません。この記事を書いている2011年8月はちょうどイスラム教の断食月に当たるため、僕の周囲のイスラム教徒の方々は早朝から夕方にかけて水や食べ物を一切口にしません。
この差異は僕にとって非常に不思議です。前提知識はあったので「ショック!」というレベルではありませんでしたが、ただやはり目の当たりにすると不思議です。
そんなわけで、その不思議さを少しでも和らげようと、最近宗教について学ぶべく関連書籍を読んでいます。

そんな中で友人の薦めもあって読んだのがこの「ダライ・ラマ自伝」。ご存知の通りダライ・ラマはチベット仏教における法王であり、彼の自伝を読めば仏教のなんたるかに対する理解も深まると思いました。
が、読後感は全く別。このエントリーも「宗教について考えます」的な語りで書き始めましたが、ここから話すのは世界平和の話。しかもとりとめがない。

世界では時々不思議なことが起きます。例えば有名な映画「ホテル・ルワンダ」で描かれたルワンダ内戦。
つい前日までお隣さん同士だった「フツ族」と「ツチ族」の2つの民族が、ある日を境にいきなり殺し合いを始める。殺し合いというかフツ族による一方的な虐殺です。しかもそれが起きたのは1990年代とつい最近、さらにその方法は「ナタでぶった切る」など超生々しいもの。
全く意味がわかりませんでした。紀元前とか中世とかならいざ知らず、少なくとも21世紀直前の現代において「殺人は悪」という一般的倫理観すら普及していなかったのか。昨日まで交流があった隣人を「民族が違う」という理由で惨殺できるものなのか。そして、発生当時既に中学生になっていた自分がなぜそのような問題を「世界史の授業で習ったことの1つ」程度にしか認識していなかったのか。
この「ホテル・ルワンダ」は、そんな不思議なことを目の当たりにしたショックと、そんな不思議なことに対する自分の認識の欠落を目の当たりにしたショックという2つの衝撃を受けた作品でした。

この「ダライ・ラマ自伝」も同様です。
2008年に上海でコンサートを行ったビョークの「チベット!」発言問題。北京五輪の開催に際して世界各地で起きたチベット問題へのデモ。
知る機会は沢山あった。が、知ろうとしなかった。
自分を正当化するようで恐縮ですが、当事者ではない者が当事者意識を持つのは非常に困難。そしてその当事者意識は時として歪む。チベット問題における中国の主張はまさに歪んだ当事者意識です。「チベットのかわいそうな農奴たちを進んだ国家中国が解放するんだ!」結局この当事者意識がものすごく大きなお世話であったがために、チベット問題が起きるわけです。アメリカのイラク侵攻もこれと同様かもしれません。「イラク国民かわいそう!進んだアメリカが開放してあげる!」といってフセイン政権打倒に躍起になる中で多くのイラク人の命が失われています。
当事者意識を持つのは非常に難しい。しかもどのような当事者意識の持ち方が正しいかもわからない。
とはいえ。
少なくとも認識しておくべきではないか。知っておくべきではないか。問題を自分なりに理解しておくべきではないか。そして助けを求められた時にすぐ応じられる準備をしておくべきではないか。
世界ではまだまだこんな問題が各地で起こっている。リビアの内戦なんてのは現在進行形だし、僕がいるインドネシアをでは未だテロが頻発しています。全ての出来事をその背景まで含めて把握、理解するのは無理にしても、知る努力はすべきではないか。

本書は当然チベット側の主張です。このため、もしかしたら事実以上に中国側の悪い側面が強調されているかもしれません。とはいえ、当事者たるチベットの国家元首の言葉が綴られた本書は一読に値すると思います。チベット問題だけでなく、ダライ・ラマの世界平和に対する姿勢、他宗教や科学技術の寛容さ、そのチャーミングかつ謙虚な人となりやチベットの文化を知るにもいい材料です。惜しむらくは翻訳があまりよくないことですが。

色々な立場の人間には色々な主張がある。「世界平和を願う」なんて曖昧なキレイ事を言うつもりもありませんが、せめて不特定多数の無抵抗な人間が人間によって殺害されるようなことのない世界にしたいものです。

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