オレ流発想法。

オレ流発想法。

オレ流発想法。


何かを発想するにはどうしたらいいか。

以前の僕は、「アイデアは降ってくるもの」だと考えていました。なんとなくそのテーマを意識していれば、ふとした瞬間に「これだ!」というアイデアが脳内に去来する。ただそれは「降ってくる」ものであるので、自分ではコントロールできません。従って、「今月中に新規事業のアイデアを10件出すこと」なんて課題をだされた日にはお手上げになります。

このような「発想はコントロール不可なもの」という僕の思い込みを打ち砕いたのが、「アイデアのつくり方」という本でした。これは約100ページしかない薄い本で、1988年という大昔に著された本ですが、広告代理店等企画屋には必読の本として長らく支持されている本です。
曰く、「新しいアイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである」。つまり「何もかもが新しいアイデア」なんていうものはなく、「要素は既存だが組み合わせが新しい」というものが「新しいアイデア」であると。
iPodやiPhoneはその好例。iPodやiPhoneに使用されている部品や技術は特にユニークなものではなく、既に一般化したものだったことはよく知られています。しかしその組み合わせ方、パッケージの仕方で革新的な製品を生み出した。これも一つの「新しいアイデア」です。
そしてもう一つ本書で述べられているのは、アイデアの発想プロセス。それは「データ収集」→「データの咀嚼」→「一旦忘れ他の刺激を求める」→「発案」というもの。
確かに新しいアイデアが既存の要素の組み合わせであるとするならば、まずは既存の要素に関する情報を収集し、その情報について理解することが重要。その上で一度それらから意識のフォーカスを外すことで脳の自動整理能力に任せると、最終的に発案の瞬間が訪れると。これを実践するようになってからは以前よりもコンスタントに発案することができるようになった気がします。

さて、今回お話ししたいのは、その「発案の瞬間」をもたらすのにもう一つカギがあるのでは?ということ。それが「並行思考」です。

僕が一番アイデア出したり考えをまとめられるのは歩いている時です。もくもくと歩きながら考える。
歩いてる時は大体なんか考えています。「今日は何曜日だっけ?」とか「会社行ったらあれやんなきゃー」とか「今度発売されるあの製品欲しいー」とか。そういうことをきっかけに思考が広がっていく。
例えばこんな感じ。

「あーもうこんな時間、会議間に合うかなー」
→「そういや今日の会議の議題ってなんだっけ……ああ、あの話題か」
→「つーかそもそもあれへのアプローチ方法ってあんなんでいいのかよ」
→「そもそもここの前提条件ってこうなんじゃない?とするとこういうことが言えて……、あ、ここはちゃんと事実確認しなきゃ……よしこの辺会社行ったらまとめとこ」
→「ふぅ……そういえば今考えたことってよく考えると恋愛に似てるよな……こっちが非リアの男で相手がリア充の女みたいな……ん、とするとこの条件はこういう部分に当てはまって……じゃあこういう視点もあり得るな……」

昔はせっかく思い浮かんでも忘れちゃったりするんだけれども今はiPhoneがあるのですかさずEvernoteなどにメモ。
むしろ電車に乗っている時やトイレ、風呂に入っている時はダメです。昔のフリスクのCMではトイレでよくアイデアが出るなんて言われていましたが。
歩く以外ならテトリス。テトリスをやっている時は非常によく考えがまとまります。

これらを踏まえると、どうやら僕は「思考」という行為に集中しきってしまっている時、逆に物を考えることができなくなるようです。それよりも何か単純な行動をしている時、行動はしているけれどもその行動には特段脳ミソのパワーを割かずにある種の「自動操縦モード」で運用している時、こんな時が思考が冴えてくるような気がします。
例えば歩行。歩くという行為は習慣化されてしまっているが故に、脳の集中力を必要としません。もちろん「行ったことのない場所に行く時」は脳の集中力が必要だからダメです。そうではなく、何度も行ったことがあるところに行く時や通勤の途中などは特段歩行という行為に思考を集中させる必要はありません。
テトリスも同様です。ずっとテトリスをしていると、もはや脊髄反射でブロックを落とすようになります。行動はある程度パターン化され、ブロック一つ一つについて一生懸命考えることはほとんどない。これも歩行と同様、テトリスに関する部分は脳ミソを「自動操縦モード」にしてしまっています。
このように、脳ミソの一部が「自動操縦モード」に入っている時、「思考」に集中できるようになります。

これは「電車の中の新聞」に似ています。
僕は昔からずっと新聞を読むのが苦手でした。社会人になってからは「さすがにこれじゃマズい」と思い新聞を読むようにしましたが、どうしても読む気が起こらない。それよりもネットサーフィンしたり、音楽聞いたりしている方が面白いのでついついそちらに意識を向けてしまう。
そんな僕が最終的に新聞を習慣化できたのは、電車の中で読み始めてからでした。電車の中は何かを読む以外することがない。今となってはスマートフォンがありますが、当時は普通の携帯電話だったので小一時間いじるものもありませんでした。つまり電車の中は「新聞を読む以外何もすることがない」状況でした。このため僕は新聞を読むことができました。

並行思考も同様。脳の一部が「自動操縦モード」になっていてある一定の「行為」を半ば自動的に処理している時、別の「行為」を同時に行うことはなかなかできません。歩行しながらネットサーフィンは危ないですし、テトリスしながら料理するのもなかなか困難です。このような状況下では、「思考」以外やることがありません。このため「仕方なく」思考する。
ちなみにシャワーも「自動操縦モード」であるため、最近は毎朝のシャワータイムが僕にとって貴重な思考時間になっています。

なお、当然ですがこの並行思考によって発案をする前の情報のインプットは必須です。インプットの際に重要なのは「一生懸命調べ、考えた上で、ある程度形にまとめること」。その時点ではアイデアは降りてきていないので形にまとめてもうまくまとまらないしフラストレーションは溜まる一方ですが、この時点で無理にでも形にしようとすることが重要だと思います。形にするために、より真剣にインプットをしようとするからです。
例えば。今僕のミッションの一つは会社の人事考課の仕組みを考えることですが、人事畑ではない僕はまったく未経験の分野だし調べれば調べるほど様々な要素が絡み合うことがわかってチンプンカンプンでした。給与体系をどうするか、基本給を厚くするか短期インセンティブを厚くするか、それぞれを個人の能力に連動させるか、業績に連動させるか、それとも会社の業績に連動させるか。会社の予算、固定費と変動費の比率、総人件費を抑えながら人材流出を防ぐにはどうしたらいいか。会社が望む行動様式、ケイパビリティを身につけるためにどういう報酬を考えるべきか。
まあいろいろあってわからんのですが、とりあえずわからないなりに自分のアイデアをまとめてみる。まとめるために必死で頭を使い、必死にインプットする。でもこの段階ではいいものはできない。「どうせ今まとめてもいい案はできないのに!」ってことを感じながらとりあえずまとめる。そして放置。
それを2、3日放置していると、シャワーを浴びている時に「あ、こうすりゃいいんじゃん」というアイデアに遭遇。会社でのそれをまとめる。
こんな感じです。

これ、もしかしたら僕だけに当てはまることかもしれません。
でももしアイデア発想に悩んでいる方がいらっしゃったら、この「インプット時にひとまず形にする」ことと、「並行思考しながら考える」ことを一度やってみてはいかがでしょうか。

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