翻訳はラクじゃない。

お陰様でインドネシアは好調に経済発展中、そのため本社の方が新たな事業機会を探し、頻繁にインドネシアに出張でいらっしゃってくださいます。中にはすぐに商談に繋がるような案件もあり、現地法人側の人間としてもありがたい限りです。

ただ、その中で最近ある問題が我々の頭を悩ませています。

お客様はインドネシアの政府や銀行、企業が多いのですが、そうすると商談は基本的に英語、ないしはインドネシア語になる。一方で、日本のチームに英語を扱えるメンバーがいない場合、「日本語で資料を送るので英語に翻訳して欲しい」「日本語で説明するので英語、もしくはインドネシア語で通訳して欲しい」という要望を頂きます。この要望、時には「ちょっとやっといて」というような結構軽いノリで頼まれることもあります。しかしこれ、実はかなりしんどい。

僕も日本にいた時は恐らく同じ感覚だったと思います。

英語が堪能な人、少なくともお客様と会議ができる程度に話せる人にとって、あちらが英語で話したことを理解しこちらに日本語で伝える、またはその逆は造作も無いことではないか。また日本語のプレゼン資料を英語に翻訳するのも、難解な文章が大量にある論文と違って文章量も多くないのだからそこまで労力を費やすほどの作業ではないのではないか。

本社の方々がそう感じてしまうのはなんとなくわかります。
しかし、実はこの作業の困難さ、特に翻訳の困難さは、「言語Aから言語Bへの置き換え」という作業にあるわけではありません。

日本語から英語への翻訳のプロセスは主に以下の2ステップで構成されます。

  1. 日本語で書かれた文章の内容を理解する
  2. 理解した文章を英語に変換する

上記のステップのうちステップ2も確かに難しい。日本人でも正しく日本語を使うことが難しいように、英語をネイティブレベルで扱える人にとっても、文意を正確に伝え、また文法的にも正しい英語を記述するのは大変です。まして英語のネイティブスピーカーではなくビジネスレベルで扱える者にとってはなおさら。

しかしそれよりも圧倒的に骨が折れるのはステップ1です。

その理由は、日本語なのに何が書いてあるのかわからない文章が多いから。

そもそも、日本語は「ハイコンテクストな言語」と言われます。つまり、文意が文脈に高度に依存する言語である、と。例えば日本語の文章では、文脈から類推できる場合、主語や述語、目的語など、文章における主要な構成要素が省略される場合が多い。また文章のメッセージ自体も直接的に伝えず、あえて曖昧な表現をすることが多い。僕が今書いているこのブログ記事も例外ではありません。できる限り文法的に正しく、曖昧な部分の少ない文章を書こうと僕も努力していますが、曖昧な箇所はどうしても残ってしまう。

例えば。
こちらのウェブサイトにいい例があったので引用させて頂きます。

大学時代はマーケティング研究会に入っていました。そこは、関東マーケティング学会に所属していて、私はそこで幹事をしていました。

これは、先のウェブサイトでも指摘されている通り、「どこで幹事をしていたのかわからない」、つまり指示語の示す先が曖昧であるという例です。

その学会は、複数の組織が加盟しており、小さい調整ごとの多い組織でしたが、

この文章もちゃんと理解をしようとするとあまり文意が伝わってきません。「小さい」という形容詞が「調整ごと」を就職しているのか「組織」を就職しているのか不明瞭なためです。

これらの文章は日本語で読むとあまり疑問を感じずにスラスラと読めてしまう。多くの場合個々の文章にはあまり確たるメッセージがない場合が多いので、1つの文章の文意を正確に読み取れなかったとしても全体の理解にはあまり大き内影響がありません。ただプレゼンを聞くくらいであれば、大意が掴めれば細部にこだわらずとも問題ありません。

しかし翻訳する時には困る。

翻訳する中でこのような文章に出くわした際は、まずその文章の意味、例えば上述したような指示語の示す先を正確に理解するため、前後の文章や図表などを一生懸命読んで理解します。そこから汲み取った情報を元に論理を再構成し、翻訳対象の文意を理解しようとする。この作業が非常に骨が折れる。下手をすると結構広範囲に渡って文脈を吟味しなければならない。最悪、資料の作成者にわからないことを全て聞けばいいのですが、なんだか重箱の隅をつついているようできまりが悪いですし、第一メールで聞くにしても電話で聞くにしても時間がかかります。
こうして時間をかけて文意を正確に理解した上で、ようやく英語に翻訳ができる。日本語に比して英語はローコンテキストな言語であるので、基本的には主語、述語、目的語等を欠かさない完全文として記述します。省略された主語、述語等を埋め、指示語の示す先を明らかにし、曖昧な表現をで伝えたいことを正確に理解し適切な単語で置き換える。これは本当に骨の折れる作業です。そして恐らくこれが、Google Translateでも日英翻訳がうまく機能しない理由。
これは日本人である僕にとっても相当に骨の折れる作業ですが、会社のインドネシア人スタッフにとってはなおさらです。母国語でない言語で書かれた文章を母国語でない言語に翻訳しないといけないのですから。

このエントリーでも書きましたが、外国語を学ぶためには、まず日本語を正しく理解することが必要です。正しく明確な日本語で書かれた文章を翻訳する場合は、上述した2ステップのうちステップ1に割くべき労力が減るため、翻訳作業自体は圧倒的にラクになります。
資料の作成者自身が英語に翻訳することが難しい状況もあると思いますし、予算や時間の関係から常に外注するわけにもいかないことも理解できます。ただその場合でも、できる限り正しく明確な日本語で文章を書いて頂けるよう切にお願いしたい次第です。


Comments

“翻訳はラクじゃない。” への4件のフィードバック

Hiroshi Hayashi へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です