スペシャリストか、ゼネラリストか。

スペシャリストか、ゼネラリストか。


最近将来予測に関する本をちょくちょく読んでいます。「予測は本なんかに頼らず自分のアタマで考えろよ」的批判はさておき。
最近よくあるのは「2050年の世界はどうなっているか?」的なテーマ。2050年というのは結構先の話なのでなんとなく「やがては太陽が膨張し地球なんて飲み込まれてしまう」的未来のように聞こえますが、昨今の「65歳までが定年ね」制度を冷静に考えると僕の社会人人生はまだまだあと30年以上もあるわけで、2050年といっても「その頃には野垂れ死んでるか引退しているだろ」ともあながち言えない絶妙なリアル感があります。
このような未来予測を読む中でやはり気になるのは、今後我々の働き方はどうなっていくのか、ということ。どの予測を読んでもいわゆる「大企業」というような組織体系は崩壊し、ベンチャーやNPOなどの小規模組織が活動の中心を担っていくようになる、という点で意見が一致しているようです。「大企業」は「選択と集中」を繰り返してコア業務にフォーカス、非コア業務はアウトソースしてどんどん規模が小さくなる。もしくはそこまで「選択と集中」を徹底できなかった企業は固定費の大きさに押し潰されて淘汰され、そこをスモールに回していくスタートアップが埋めて行く、というシナリオ。

ただ、そのような意見の一致を見る一方で意見が分かれているのは、そのような状況の中で組織に求められる人材が「スペシャリスト」か「ゼネラリスト」かということ。

例えばリンダ・グラットンが著書「WORK SHIFT」で述べているのは、ゼネラリストが淘汰される社会です。

昔は、幅広い分野の知識と技能をもつ人材が評価されたが、そういう状況は変わると、私は考えている。グローバル化が進展し、テクノロジーが進化して世界が一体化する時代には、あなたと同種の知識や技能をもっていて、しかもあなたより早く、安く、そしてひょっとするとあなたより上手に同種の仕事をおこなえる人が世界中に何千人、ことによると何百万人も現れる。

ゼネラリストが淘汰される一方、先述の通りほとんどの仕事は細分化されてモジュール化されていく。そしてインターネットは個々のモジュール同士のマッチングを容易にする。こうして専門性を持った小さなモジュールが組織の中心になり、それらが必要に応じて連携したり、それを解消したりすることで目的の達成を目指す。この世界で求められるのは個々の専門的モジュールで能力を発揮できるスペシャリストです。

その一方でゼネラリストが必要になるという見方もあります。例えば佐々木俊尚氏のメールマガジンで紹介されたイギリス国営放送BBCの人気番組「Click」の制作チームの例。

【佐々木】コンテンツが短縮化・スピード化することで、機動力が非常に重要になってきているということですね。『クリック』のチームはどのような体制なんですか。
【スペンサー】12年前にスタートしてもう650回も放送してますが、スタートから2003年までは5人でした。
【佐々木】5人!少ない!テレビなのに。
【スペンサー】いまはプロデューサーが3人、専門的なプロのエディター1人、やはりプロのカメラマン1人など含めて全部で9人です。全員が完璧なギーク。私自身も撮影もして編集もして、グラフィックまで作っています。今回のCEATEC取材でも、飛行機に乗る前にグラフィックの制作を終えてしまわなければ。データは帰国前にメールとDropBoxを使って送ってしまいます。最近の悩みは、撮影画像がHD化したことでサイズが極端に大きくなり、ネットで送信するのが非常に難しくなったと言うこと。

ここでは非常に少人数のスモールチームで番組製作を行っていますが、上述のようにここではチームメンバー全員が番組のプロデュース、取材、撮影、編集等を全てやる。どうしてもプロが行わなければならない撮影などスペシャリストが求められる場面ではプロに頼む。つまりチームのコアメンバーは「一人複数役」をこなすことができるゼネラリストであり、スペシャリストは必要最低限だけ手配するというチーム編成です。

このどちらのあり方が正しいかは僕にはよくわかりません。恐らくどちらも正しいのだろうと思います。スペシャリストと言っても日本の中小企業の経理しかやったことがない人材の価値がスペシャリストとして高まるとは思えません。経理・会計の世界で生きるのならば国際会計基準に通じ財務会計と管理会計両面での分析をどの国や地域でもやれるような幅の広さは求められるだろうし、一方ゼネラリストであっても動画製作と物流機構の管理と中東地域の商習慣に通じていている、なんていう取り止めもないゼネラルさは使いようがなさそうです。ほどよい専門性を軸に、その近隣分野における対処能力も身につけておく、というスペシャリティを持ったゼネラリストが理想像になるのではないでしょうか。というと至極当たり前な結論ですが。

翻って僕はどうか。
今のところ特段胸を張れるような専門性がない僕は、どうやらゼネラリストで生きていくしかなさそう、という気配をなんとなく感じています。
30を超えても自分が何屋か未だに説明できない。僕の年齢ではもう中堅社員、ひと通りの経験をこなした上でスペシャリティを見出し、磨いていく時期と言われています。しかし、結構「なんでもやります」と胸を張って言える一方で、未だにそのスペシャリティは見つかっていません。
「海外でも通用する専門性を磨けたらな!」なんて思いで来た海外で営業をやりつつ会計レポート作りながら人事考課を設計することにそこはかとないやりがいを感じる一方で、周囲を見渡すと一角の人材になっていくのもスペシャリスト、仕事をエンジョイしてそうなのもスペシャリスト。
僕もいつか何か特定の分野に興味を持てるといいんですがねえ。

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