「働き方改革」のために会社ができること。

「働き方改革」のために会社ができること。

「働き方改革」という言葉を時々耳にします。
要するにワークライフバランスとか労働時間削減とかそういう文脈で、働き方を見直して労働時間を下げよう!という話です。この裏に「残業代削減に伴う労務費抑制」という経営側の思惑があるのかどうかはわかりませんが、基本的に支給される給与の額が変わらなければ労働時間は短い方がいいのは当然です。

ただ、そのアプローチがどうもヘンな方向に行っているように思います。
どうも「君たち一人一人がなんとか頑張りなさい!」と言われているように見えます。もちろん一人一人の生産性を上げていくのは大切なことで、それは個々人が努力すべきですが、それ以前に、組織としてもう少しやれることがあるのでは?と思います。

その一例は、「専門外の仕事」。
例えば、本来営業担当者は「営業」、すなわち見込み顧客を絞り込んでアプローチし受注をもらって売上を上げることを仕事にしているはずなのに、それとは関係のない事務処理までやらされているケース。会社運営において事務処理も重要ですが、一方で「専門の部署で集中的に捌く」とか「決済や報告のあり方を変え、事務処理量自体を削減する」とか、組織としてももう少し改善できるところがあるのでは、と思います。

そして、それ以上に重要な要素だと僕が思っているのは、「場所の制約」と「時間の制約」です。

例えば、地震や豪雪の日にそんな災害や悪天候にも関わらず一生懸命出社しようとする人々は、この「場所の制約」と「時間の制約」の犠牲者であると言えます。働く場所に制約がなければ、わざわざそんな日に移動する必要はないし、働く時間に制約がなければ、混乱が収まってから移動する、という対処も可能だからです。
このように、昨今の大企業ホワイトカラーは依然として「決められた時間に」「決められた場所に行き」「決められた時間数働く」という工場のブルーカラーのような働き方をしています。ここを変えて行けば、個々人の生産性は対して向上せずとも、組織としての生産性は相当程度向上するのではないか?というのが本エントリーの趣旨です。

ではなぜこれらの制約から解放されれば、組織としての生産性は上がるのか?

昨今の大企業ホワイトカラーの仕事は、大きく分けて「一人でやる作業」と「人と協力して進める作業」の2種類であると言えます。
前者は当然ながらその作業の特性ゆえ場所や時間に制約される必要はありません。そのため制約から解放されれば生産性が上がるのは当然です。自宅で作業できれば通勤に費やしていた時間は削減できるし、いつでも作業できるのであればちょっとした余り時間でも仕事を進めることができます。
後者の「人と協力して進める作業」は、「コミュニケーション」と言い換えることができます。それは「作業指示」だったり「調整」だったり「提案」だったり「報告」だったり「ブレインストーミング」だったりしますが、いずれにせよ他者が介在する作業は全てコミュニケーションです。そしてそのコミュニケーションの大半は、複数人が顔を合わせる必要がある一部の打ち合わせやプレゼンテーション、何か物理的なオブジェクトの構築を伴う作業を除き、既に大半が電話やメールに代替されている。つまり電話であれば場所に制約される必要はないし、メールであれば、緊急事態でない限り時間にすら制約されません。そうでなければ、グローバル化する昨今日本の人とブラジルの人が協業することすら難しいはずです。
つまり、仮に「資料を作る速度」や「メールで要点を伝える技術」が向上しなくても、「時間の制約」と「場所の制約」さえ取り除ければそれだけで生産性が向上する。

ではなぜこれらの制約があるのでしょうか。
まず「場所の制約」から考えてみます。
「昔からの名残り」という以外に原因を探すならば、「仕事を進める上で必要なリソースがその場所にしかない」という理由が考えられます。しかし、よく考えてみると「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」というリソースのうち、「ヒト」は常に一緒にいる必要はありませんし、基本的に「ヒト」は動かせます。「カネ」には場所は関係ありません。「モノ」は文房具くらいしか思いつきませんが、これもあまり問題にならなそうです。問題は「情報」で、IT化以前の時代はそれらは紙という物理媒体だったので決められた場所にしかありませんでした。
現在でもファイルサーバの置かれたNWには特定の場所からしかアクセスできないとか、メールのデータは特定のPCのハードディスク内に保存されている、というケースは少なくありません。仮に「ファイルサーバにはどこからでもアクセスできる」としても、「実はアクセスできる端末が限られている」「その端末は自宅に持ち帰ってはいけないので基本的にオフィスに置いてある」のであるならば、物理的に制約されているのと同じです。最近では「在宅勤務」などの制度導入がみられますが、それも基本的に「オフィスで働くことを前提とした例外措置」であり、「事前申請」等が必要で依然制約がある状態だと思います。
クラウドサービス等が百花繚乱のこの時代に依然として上述したような「場所の制約」が残っている理由は、「セキュリティ」です。しかし、現代の企業の多くは、そういったセキュリティリスクの発生頻度とインパクトを踏まえ、且つその制約によって損なわれる利便性と比較して、意思決定をしているとは思えません。従って問題は、経営陣(特にCTO)の意思決定力、と言えます。

「時間の制約」はどうでしょうか。
「場所の制約」がある状態であれば、「オフィスの電気代の節約」等の目的から社員のオフィス使用時間、つまり就業時間を一定の時間帯に限定する、というのは有効だと思います。つまり「時間の制約」が存在する理由の一つは「場所の制約」があるためです。もう一つ考えられる理由は、「人事考課」です。
日本の大企業の多くは社員の職務が不明確なため、成果に基づいて評価することが困難です。このため、どうしても年次や勤怠、または「がんばり度」でしか社員を評価できない。これらの評価のためには、社員を観察する必要があります。
このことから、「時間の制約」からの解放を目指すには、「場所の解放」と「人事制度の変更」が必要になると言えます。

以上の議論を踏まえると、短期的な打ち手としては組織としてのリスク許容度をほんの少し上げ、それに合わせた社内システムを構築することで「場所からの解放」を促進し、組織としての生産性を向上させることができるのではないかと思います。
例えば、下記のような社内システムを導入するだけでも生産性は大きく変わるのではないのでしょうか。

  • メールシステム
    • 受信トレイの容量が十分に大きいこと(5GB程度)
    • PCやスマートフォン等どんな端末でも確認できること
  • ファイルサーバ
    • 十分な容量があること
    • PCやスマートフォン等どんな端末でもインターネット経由で確認できること(理想的にはデータを端末側で保存できる。紛失等の際にはリモートワイプでデータ消去。)
  • その他社内システム(稟議系)
    • ブラウザベースでどこからでもどの端末からでもアクセスできること

なお、この考え方のベースにはインドネシアの子会社に出向していた際の経験があります。設立当初は社員数も少ないため、メールはプライベートドメインを取得しGmailで運用。Gmailは受信トレイの容量が数GBあるため、全てのメールは添付ファイル付きの状態で受信トレイにおいておける。つまりGmailの受信トレイがファイルサーバとしても機能するわけです。これはどんなデバイスからも確認可能なので、平日だろうが休日だろうがオフィスにいようが移動中だろうが確認でき、また返信ができます。これでメールの確認、返信という作業のほとんどはわざわざオフィスに行かずとも隙間時間に済ませられる。またスマートフォンないしタブレット端末さえあればちょっとしたWord / Excel / PowerPointファイルの作成、修正は可能。このため休暇中の旅行先でも、資料の修正、返送は可能に。急ぎで修正しなければならない資料があったとしても、休暇明けまで他の人を待たせることがなくなります。他の社員とのコミュニケーション頻度、返信速度が上がり、組織としての生産性が高まりました。

仕事だけでなく、余暇の時間も十分に確保する。この考え方は大切です。ただ、それには個々人の努力だけでなく、制度設計も重要。場所や時間という制約から解放されれば、育児中の社員などの活用度も上がります。
闇雲に早く帰らせようとしたり、個々人の努力を求めるだけでなく、こういった変革も重要なのでは、と思う次第です。

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