習っているか、習っていないか。

習っているか、習っていないか。

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ある日の午前3時頃、僕の携帯電話の緊急地震速報が鳴りました。
2013年の10月まで2年半ほど海外に住んでいた都合上、東日本大震災の直後に断続的に続く余震を僕は経験していません。このため、これがほぼ人生で初めて経験する緊急地震速報でした。
以前は地震に対してあまり恐怖感はなかったのですが、この事故をきっかけに、地震や飛行機の揺れに恐怖を抱くようになりました。この日も「もし僕が住んでいるこのマンションが倒壊したら」という恐怖が頭をよぎりました。
では、僕は次に何をすべきか。
午前3時、ほぼパンツ一丁の格好でベッドの上で眠気で朦朧としている状態。逃げるにしてもどの服を着ようか、携帯を持って、いやそれ系のアイテムをあのカバンに詰めて、仕事道具は?水や食料は?……うーん、わからん。
結局僕はそのまま再び眠ることにしました。


渋谷のスクランブル交差点で、救急車が来ても道を譲らず交差点を渡り続ける歩行者を映したYouTubeの動画が話題になりました。
渋谷の東京電力方面から来る救急車、道路上の車輌は道を開けるが、スクランブル交差点に来たところで道を渡る大量の歩行者に行く手を遮られ、立ち往生。歩行者たちは救急車の前をちょっと申し訳なさそうに小走りして横切るが、そんな人が次から次へと横切るため前に進めない。


これらの事例からわかるのは、「人は誰しも訓練されていないことはできない」ということではないかと思います。

冒頭の地震の事例では、僕は予め緊急時にどのように対応するか整理していませんでしたし、荷物をまとめることもしていませんでした。準備をしていない状態、その上寝起きという正常な判断力がない状態、さらに警報が鳴り場合によっては自分の身に危険があるというパニック状況下で冷静且つ迅速に計画を立て、淡々と行動に移すなんてのは土台無理な話です。
小学校の頃にバカバカしいと思っていた避難訓練のいいところは、恐らく何か起こった際には無意識的に防災頭巾を被っただろうし、先生の指示の下統制の取れた状態で行動しようということが「常識」として刷り込まれたことだと思います。何か起きた時に小学校の生徒一人一人に「防災頭巾被ってー!!」なんてやっていたのではどうにもなりません。

一方、YouTubeの動画。あれに対しては「東日本大震災の時は暴動等起こさず非常に高いモラルを示した日本人は一方でこんなにマナーが悪い!」的文脈で批判があったようですが、これも同様に訓練の有無の問題なのでは、と思います。
実際に、この救急車がスクランブル交差点に至る前、他の乗用車等は救急車に道を譲っています。これらの運転手の大半は恐らく日本人です。スクランブル交差点の歩行者とこれら乗用車の運転手に大きな違いがあるとは思えません。
違いがあるとすれば「習っているか習っていないか」ではないでしょうか。
運転免許を取る時、救急車が来た時の対応は必ず習います。またそのリアクションは「道路脇に一時停止する」という非常にシンプルなもの。このため多くのドライバーはこの行動を取ることができます。
一方、我々は歩行者として緊急車両が来た場合の対処は習っていない。基本的には車両は車道、歩行者は歩道という別の領域に存在しているため、対応する必要それ自体がないためです。例外は横断歩道ですが、これも歩行者数のそう多くない普通の道であれば、通常の車両と同様の判断で問題ありません。つまり、車両が近ければ止まるし、遠ければさっと渡ってしまう。
渋谷のスクランブル交差点のような歩行者数の非常に多い環境は稀です。世界的にも稀。ここでどのように行動すべきか、歩行者は学んでいません。その上、一人一人は集団に紛れるため、「自分だけ止まっても仕方がない。ならば他の人に紛れてさっさと渡ってしまおう。」という判断が働きやすくなる。これは人間の心理を考えると仕方のないことです。
「ちょっと頭使えば救急車が来たら立ち止まるべきだってわかるだろ」という批判もあると思いますが、多分わからないと思います。パニクって頭が使えないからです。パニクった時に従うのは、自分の身体に染み付いた退避行動。その退避行動が染み付いていなければ、普通は身動きが取れません。せいぜい周囲の行動を参考にして行動するのが関の山ですが、スクランブル交差点では周囲のほとんどの人がそのまま交差点を横断しているので自分もそれに合わせることになる。

ただ、後者のスクランブル交差点の例では、「スクランブル交差点を横断する人を対象に訓練を施す」なんてことは土台無理な話。このため、この問題に対する対処を考えるとするならば「救急車の運転手にそんな交差点通るような判断をさせない」ということだと思います。「スクランブル交差点の真ん中で人がぶっ倒れた」という場合は通らざるを得ないと思いますが。

受験勉強でも仕事でも健康維持でも緊急時の対応でも必要なのはどれだけ基本的な行動を身体に叩き込んでおくか。因数分解も報連相も早寝早起きも地震時の避難も、それを学び理解し準備して練習しないと上手くできません。
そんな偉そうなことを言いながらまだ避難訓練をしていない僕は、きっと次の地震の時には崩れ落ちるマンションの下敷きになってしまうのだと思います。

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