ロウアーミドルの衝撃 (大前 研一)

初期大前氏の著作は名著が多いと思う。
「企業参謀」なんてとても勉強になる&刺激的だし、「マッキンゼー現代の経営戦略」もそう。
会社の先輩に借りた「考える技術」を読んだときは息子の自慢話まででてきて「さすがこれは……」と思ったけど、とはいえ「大前研一 敗戦記」あたりを契機として段々その傲慢不遜な態度もかわいく思えてきたし、なによりその冷徹な洞察力、ファクトベースの構想力は相変わらず様々な示唆に富んでいる。
そんな中、昨今の過度な嫌格差社会の論調等を見るにつけ、彼の主要な著作の一つである本書を読んでいなかったことを思い出した。

さて、本書は「一億総中流」社会の崩壊から「ロウアーミドル」へ収斂している現状について、その経緯に関する分析とこの現状に対する個人、起業、政府の対応策についてまとめたもの。
他の多くの彼の著作にも述べられている通り、本書の根幹にあるメッセージは「現象ではなく原因に対して対処せよ」、そして対処する際には現実に広がる「ボーダーレス経済」「マルチプル経済」「サイバー経済」へ対応せよ、というものであり、それを「ロウアーミドルに対する提言」という切り口でまとめている。
相変わらずの大前節、今となっては違和感も感じなくなった語り口はさておき、その主張はやっぱり勉強になるし刺激になる。

僕には仲の良い上司(正確には元上司)がいる。
その上司は有能だがへんてこで、時々よくわからん問いを真面目な顔で投げかけてくる。
先日投げかけられた問いは「昨今の若者の草食化の原因は何か」というもの。
正直よくわからんかったけど、「わかりません」じゃアホみたいなのでそれに対する回答として「欲求の減少」「欲求実現手段に対する不信」「現状満足の肯定」の3点を挙げた。これら3点に関する詳細は他の機会に述べるとして、ここではロウアーミドルへの収斂とは即ち若者だけに留まらない国民全体の経済的草食化なのではないか、ということについて書き連ねたいと思う。

幸いなことに企業は市場からの適切な圧力によりある程度草食化から抜け出すインセンティブがある。
どうあがいてもボーダーレス&グローバル化は進むし、インターネット&ITの普及ももはや不可避だ。
最近のパナソニック、楽天、ユニクロの外国人採用や英語社内公用語化の話題を見るにつけても、少なくともこれら新経済に対する起業のリアクションは始まっている。
しかし遅々として進まないのが政府、そして国民であると思う。
誰かが「国民は民度に応じた政府しか持てない」と言ったそうだが、民主主義の衆愚政治化はプラトンの時代から繰り返される歴史的事実である。
即ち、政府の習熟度は国民の民度の従属関数であり、そのため政府の草食化は国民の草食化に起因する。

では国民の草食化とは。
例えば、昨今僕が務める会社でも国際的に活躍できる人材の育成に注力している。
「もはや国内市場は飽和状態であり海外市場に進出しなければならない」「BRICsから流入する安価な労働力に対し我々日本人はそれらと対抗する術を持たねばならない」という昨今よく聞くメッセージはごもっともと思うが、そのメッセージを聞いても僕は当社の人材の多くが国際化するとは思えない。
なぜなら、インセンティブがないから。
だって海外市場に進出せず売上が下がっても、BRICsから安価な労働力が流入しても、強力な労働組合が存在する以上クビになるとも給料下がるとも思ってないんだもん。
したがってリスクの発生確率が低い(と思っている)以上、リスクヘッジに膨大なコストを投資する理由がない。
「いざとなったら会社がなんとかしてくれるでしょ。」と思っている。
これが草食化の結果もたらされるものではないか。

つまり。
草食化はクレクレ君を生み出す。
選挙の際はマスコミによる争点提示を待ち、自ら論点の設定と各政党、及び候補者の政策評価をしない。
仕事においては自らエンジョイ・チャレンジをせず、育成ですら会社のアプローチを期待し、それを待つ。
何か問題が生じるとそれを政府の無策、社会の無関心、他者の無配慮を糾弾する。
自らの欲求は薄れ、欲求があったとしてもそれが実現するとは思わず、さらに現状を肯定して満足する。
しかし刻々と変化する世界の中での「現状維持」とは即ち「変化」であることには気づかず、現状維持のための変化を他に依存する。

本書は「ロウアーミドル」に収斂する日本に対する危機感とそれに対する処方について述べているが、その根本はなんとなくみんなと一緒だから満足しているロウアーミドル=国民の大多数に対する警鐘と意識改革の必要性を説くもの。別に収斂するのはロウアーミドルだろうがロウアーであろうがミドルであろうが関係なく、国民の「多数派」に対する提言なのである。
いや、変化って怖いし痛い思いやしんどい思いをせずにそこそこ幸せな状態で生きていければそれに越したことはないけどさ、人生一度きりだし可能な限りがんばって自分を成長させて幸せにさせてあげるのが自分の人生に対する責任なんじゃないの?って思いを再認識した本でした。

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