本書の書評を書くにあたって、本書と同様の切り口で、かつ本書と反対の立場にある書籍を読みたいと思いました。
今僕は日本の書籍がすぐ買える環境にいないのでざっとウェブを見てみたり友人に聞いてみたりしましたが、どうも見つからないようです。いくつか原子力発電に関する危険性や利権構造に警鐘を鳴らす書籍はあるようですが、それも原子力発電のリスクのみに着目するもので、それと他の発電方法との比較をいくつかの観点から行ったものはない様子です。
本当に「ざっ」としか探していないので、もしかしたらあるのかもしれません。あれば是非読んでみたいです。
さて、本書はブログ「金融日記」で有名な藤沢数希氏による、タイトル通り「反原発」の主張に対して疑問を呈する一冊。彼のTwitterでの発言を読んでいると時々「何言ってんだこの人」と思うこともありますが、外資系投資銀行でリスク分析や経済予測に従事しているというその経歴から想起されるイメージ通り、基本的にはデータに基づき論理的に話をするスタンスの人と僕は捉えています。
そんな本書の切り口とは、カンタンに言えば下記の通りだと思います。
「発電方法が火力と原子力の事実上二択しかない中、生命へのリスク、経済へのリスク、環境へのリスクという観点でどちらがマシか。」
本書ではこれらのリスクに関する評価を、公表されているデータから論理的に導出するものです。各データにはそれぞれ出典が示されていますが、僕にはそれらのデータの信憑性を検証するだけの根気と脳ミソを持っていないので、それらが信頼に足るかどうかはわかりません。ただ、その導出過程には疑問が感じられなかったので、仮にこれらのデータが信頼に足るものだとするのならば、導出された結論にはある程度の納得感があるように思います。
世の中の多くの物事はリスクと便益のトレードオフを形成しています。人は常にそのトレードオフの中で、意思決定を繰り返していかなければなりません。
ダイエットはしたいけど目の前のケーキも食べたい。運動したり勉強したりしなければならないけどもう少しこのゲームをやっていたい。このトレードオフの中で、常に一貫した意思決定をするのはなかなかできることではありません。現に僕も、体重を減らすべく毎週運動に励みながら、その日の夜ハンバーガーを食べながらコーラをがぶ飲みすることはよくあります。
このような意志決定における矛盾が他人に影響を及ぼさない、迷惑をかけない範囲であれば、そんなもの全然問題ないと思います。上記の僕の意思決定は明らかに矛盾していますが、それを他人にとやかく言われる筋合いはありません。今のところこの行動で他人に迷惑はかけていないようですし、この行動の正当性を声高に主張したり他人に押し付けたりする気もありませんし。
しかし、その意思決定が他人に影響しない個人のものではなく、多くの人々に影響与えるものの場合はどうか。
例えば。
一時期話題になった日産の電気自動車「リーフ」のCMへの坂本龍一氏の出演。
ご存知の方も多いと思いますが、坂本氏と言えば社会問題に対し非常に精力的に活動されている方で、原発問題に関しても反原発の立場で行動をされています。
そんな彼はCMの中で「CO2を排出しないことが素晴らしい」と述べています。
しかし、ここでひとつの疑問が湧きます。その電気自動車の動力源となる電気は何によって賄われるのか。
彼は原発反対派なので、原発を選択肢から除けば現時点で頼れる電力源は火力発電しかありません。「再生可能エネルギーで」という方もいらっしゃるかもしれませんが、少なくとも現時点で十分な発電能力は有していないようです。選択肢が原子力か火力しかない場合、反原発の立場の方々は火力しか選択肢がありません。しかし火力発電は多量のCO2を排出します。
CO2削減に賛成する方が間接的とはいえ火力発電を推奨する、この矛盾に対し人々はどのように反応したらいいのでしょう。
これらのリスク評価とトレードオフの問題に対して、政府や企業、多くの人に影響を与える個人は可能なかぎり事実と論理に基づき、一貫性のある意思決定をすべし、というのが僕の立場です。事実と論理に基づいたリスク評価、その評価されたリスクに基づく比較から原子力発電が経済、健康・生命、環境などの観点において他の発電方法よりも劣るという結論が出た場合は、僕はたちどころにそれを支持するでしょう。
一方、そのような相対評価ではなく一面的なリスク評価から発せられる警鐘はあまり信頼しません。先述したように物事にはほぼ全てリスクと便益のトレードオフがつきまとっており、選択肢の一つを評価しただけでは不十分だと思うからです。月並みな例で恐縮ですが、自動車は非常に生命に対するリスクが高い乗り物です。交通事故はもちろん排ガスによる大気汚染も生命に対する大きなリスクを孕んでいます。この点だけに着目して「自動車は危険!即刻使用をやめるべき!」と主張するのは簡単です。が、鉄道が敷設されていない地域である程度の距離の移動や輸送は自動車に頼るしかない。自動車がなければ郊外に住む方は遠く離れたショッピングセンターに買い物に行くこともできないし、宅配便の配送効率は大きく損なわれるでしょう。
解雇規制の緩和はクビになる正社員の数を増やすかもしれないが、非正規労働者や学生の正社員化を促す。
スマートメーターの導入は検針係の雇用を奪うかもしれないが、労働生産性と電力の使用効率向上に寄与する。
利権構造や差別が排除されるべきという意見には同感ですが、それは発電方法の評価とは別の問題です。利権構造は文字通り組織間の金流に根ざすものであり、差別は人々の心の中に生じるものだからです。
今ことさらに人々に求められているのは、できる限り事実に基づき、考えられうる限り合理的な意思決定をすることではないでしょうか。
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