僕は三国志が大好きです。
なぜ三国志が好きになったのか、そのきっかけはあまり覚えていません。
最初の出会いは岩波少年文庫の三国志でした。確か小学生の頃だったと思います。
これは三国志演義を子供用に文庫本3本にまとめたものでしたが、当時の僕はその面白さがまるでわからず、確か途中で読むのを放棄したように記憶しています。
次の三国志との遭遇はゲームでした。KOEI社の三国志シリーズです。信長の野望的戦国シミュレーションゲームが大好きだった僕は、同種のゲームである三国志も好きになりました。この頃からなんとなく武将の名前を覚え始め、その結果再度岩波少年文庫の三国志を読み返しました。今度は面白いと思えました。
ちなみに、僕がゲームで人物名を覚えるのはこれが最初ですが、この習慣はその後も続きます。
例えばサッカー。
それまでサッカーで遊ぶのも見るのもまるで興味がなかった僕でしたが、友人の家で遊んだウィニングイレブンが面白すぎて熱中し、結果としてほとんどの選手名とその能力データを覚えるに至りました。そしてテレビで実際のサッカー中継を見て、「お、あれがドリブルスピード90の◯◯選手か……」などとエンジョイします。
閑話休題。
その後もくすぶり続けていた三国志熱、まるで読書をしなかった中学高校時代はゲーム以外ほとんど触れる機会がありませんでしたが、大学時代で衝撃の再会を果たします。
蒼天航路。
これは週刊モーニングに連載されていた漫画ですが、これはそれまでの三国志とはまるで違いました。
所謂一般的な三国志は、明の時代に羅漢中が著した「三国志演義」という小説がベースになっています。それは劉備が主人公となり、悪の総統曹操に挑む物語です。これはこれで重要なのですが、これは物語です。つまり実際に起こったことを基にして書かれてはいるが、完全なノンフィクションではない。一方、三国志演義の基になった歴史書があります。これが所謂「正史」と呼ばれるものです。これは魏呉蜀各国について書かれた歴史書です。当時の情報収集能力の乏しさ等から誤った記載もありますが、基本的にはただただ事実を書き連ねた書物。
さて、蒼天航路とその他の三国志との大きな違いは、その主人公の設定にあります。三国志ベースの小説としては圧倒的に有名な三国志演義が劉備を主人公とし曹操を悪者としているため、世間一般ではそれが当然のように思われている節がありますが、蒼天航路はこのような先入観に振り払い曹操を主人公としました。このような視点の違いのみならず、各武将の描かれ方も斬新かつ抜群で大変面白い。この漫画は本当に何度も読みました。
そんな蒼天航路の次に出くわしたのが本書です。これも蒼天航路と同様、またはそれ以上の衝撃をもたらしました。
著者はハードボイルド作家北方謙三。この通称「北方三国志」は全13巻からなる小説なのですが、そのボリュームにもかかわらず本当に面白く、こちらも何度も読んでしまいました。
こちらも蒼天航路とはまた異なった人物描写、そのそれぞれが秀逸で、各武将に対する思い入れが変わってしまうくらいです。
普段小説はほとんど読みませんし、それ故小説の書評を書くこともほとんどないので月並みな感想を述べるに留まってしまうのがもどかしい限りです。そのため、ここではそんな北方三国志において僕がとても気に入っているエピソードTOP3をご紹介します。
- 司馬懿
司馬懿は魏の将軍・政治家。曹操が丞相に就任して以降の出仕なので夏侯惇ら古参に比べたら比較的新参者と言えます。しかしその鬼謀故に魏の初代皇帝曹丕の寵愛を受け、陳羣らと共に「曹丕の四友」の一人に数えられるまでになります。また三国志演義では諸葛亮のライバルとしても描かれ、中国で売られている三国志トランプでは諸葛亮と共にジョーカーになっているそうです。その後諸葛亮の死を以て彼に勝った司馬懿は魏国内の権力闘争にも勝利し、最終的には孫の司馬炎が魏を滅ぼすことになります。
そんな司馬仲達ですが、諸葛孔明のライバルとされるほど優れた将軍でありながら、三国志演義が蜀の視点で書かれているが故に少々影が薄くなりがち。しかし北方三国志では違います。その夜は館に住まわせている女を二人、並べて抱いた。緊張が高まると、情欲も抑えきれなくなるのだ。ほんとうは、踏み潰されたいような気分になる。そうやって、男が女を犯すように、犯されたいと思う。自分の躰に跨られ、顔に唾を吐きかけられながら交合する姿を想像しただけで、快感が背中を貫く。
司馬懿、ドMなんです。三国志演義を読んでいただけでは気づきませんでした。司馬懿がドMだったとは。
いかにも真面目そうな三国志の小説の中にこんな描写はさぞかし違和感があるだろうと思いますが、そこは北方三国志、不思議と司馬仲達という人物を理解する絶妙な伏線になっています。特に曹丕との関係性。ドMな司馬懿の一方で曹丕はドSとして描かれています。非常に相性がいい反面、要するに真逆のタイプ。そのどこか屈折した二人の関係性、そして内面を描くのに、このような描写は非常に効果を発揮しています。
こういうそれまで先入観をひっくり返すような人物描写が随所に見られるのが北方三国志の魅力の一つと言えます。 - 張飛
桃園三兄弟の末弟、張飛。長坂の戦いに代表されるその圧倒的武力はまさに一騎当千という言葉に相応しい。しかしながらその圧倒的な武力故に、三国志演義やKOEIのゲーム等、多くの三国志ものにおいて圧倒的な「武力バカ」として描かれます。典型的な例は三国志演義に出てくる下邳の城を呂布に奪われた一節。ある晩泥酔してつい部下を殴り殺してしまい、この隙に呂布と陳宮に城を乗っ取られてしまうのですが、「酒に酔ってつい部下を殴り殺す」なんてエピソードは本当に「武力バカ」の典型例です。
さて、そんな張飛ですが、北方三国志ではもう少し脳ミソ豊かなキャラクターとして登場します。聖人君主というイメージもかかわらず実は短気な劉備をかばうために敢えて粗暴な役回りを演じる張飛。戦場で部下を死なせないために敢えて部下に厳しくする張飛。そんな空気の読める優しい張飛はその妻にも大きな愛情を注ぎます。
北方三国志で僕の好きなシーン第2位は張飛の最期です。史実では部下に殺された張飛ですが、北方三国志では全く異なった最期を遂げます。これは非常に重要なネタバレなので詳細は伏せますが、最愛の妻を失ったその心の穴が隙となり、殺されてしまいます。その妻への愛情、そして愛情故の喪失感。それだけではなく、自分を死に追いやった相手に対してさえ、相手の境遇を理解し共感し、そして自らが死ぬその瞬間まで思いやる。劉関張の桃園三兄弟の末弟でありながら実は最も心優しく寛大だった張飛が死ぬ瞬間までその生き様を貫く様は、胸を突くと同時に優しさや愛情というものについて考えさせられるシーンと言えます。 - 陸遜
北方三国志を読んで良くも悪くも印象が変わったものがありました。それは呉への評価。一部の幕僚の策謀故ですが、非常に姑息です。とはいえ個々の武将はやはり魅力的。個人的には魏呉蜀の中でも呉に好きな武将が多いです。陸遜もその一人。
諸葛亮と年齢が2つしか変わらないながらも活躍するのが曹操や劉備らが死んだ後であるため、あまり語られるエピソードが多くないように思いますが、とはいえ最終的には呉の大都督にまでなる人物であり、基本的には各国の主君についてしか著されていない正史の中で諸葛亮と並んで単独の伝記が書かれるなど、三国志の登場人物全員の中でも特に重要な一人と言えます。
さて、僕が北方三国志において最も好きなシーンは、そんな陸遜が大都督として夷陵の戦いに望む場面です。
関羽の弔い合戦であるこの戦いにおいて、仇討ちを旨とした蜀軍は殺気立ちその士気は高い。それに対する呉軍は歴戦の将軍よりも実績のない陸遜が初めて大都督として望む戦。精強強大な敵に対して未だ自陣営の中でも信頼を得ていない陸遜。三国志演義では殺到する蜀軍を陸遜がその智謀を活かして火攻めで撃退、シャンシャン、といった書かれ方ですが、北方三国志では若い指揮官の煩悶、葛藤、苦悩を中心に、ある種の心理戦のように描かれます。
勢いづいて緒戦を勝ち進む劉備軍。それを目の当たりにして焦り、反撃を乞う呉軍の将軍達。そんな状況において一人悩み戦略を考え抜き、時機をじっと伺う陸遜。そのプレッシャーは血尿がでるほどです。結果、このような熾烈な状況を耐え切った陸遜が結果として勝利を収めるのですが、この陸遜の最後まで戦略を考えぬく姿勢、毅然とした態度で自軍を掌握する姿、そしてその一方で重くのしかかるプレッシャーに耐えぬく姿は本当に学ぶべき部分が多く、そして同時に非常に感動的です。今現実の世界で僕が携わる仕事においても類似した状況は時々ありますが、そこで悩んだ時いつもこの北方三国志の陸遜を思い浮かべると言っても過言ではありません。
ここでは僕が気に入っているエピソードを3つだけご紹介しましたが、全13巻からなるこの大作にはもちろん他にもたくさんの見所があります。三国志好きはもちろん、そうでない人にとっても是非読んでもらいたい作品です。
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