「リセット」の必要性。

ここ何ヶ月か、出張に行くことが多くなってきました。
飛行機やホテルのシーツ、朝食ブッフェが好きな僕にとっては、出張は面倒に感じるどころかとても嬉しいイベントです。このエントリー(「オレ流出張道具。」)やこっちのエントリー(「オレ流海外出張手配術。」)などにも書いたような出張ノウハウもある程度溜まってきた中での出張は、基本的に全く苦になりません。

しかし、時々1ヶ月近く出張生活を続けていると、集中力が続かなくなってきます。自分がその日なんの仕事をしなきゃいけないのか、わからなくなってくる。本当はこういうこともしなくちゃいけないのに、「まあいいか」という気分になってくる。
なぜか。

これは恐らく「リセットできていないから」なのではないかと思います。

少し昔のエピソードです。
新卒で就職活動をしている頃、結果的に勤めてることになった会社の面接で、面接官と下記のようなやりとりをしたのを覚えています。

面「顔色青白いですね、大丈夫ですか?」
僕「大丈夫です。こう見えても体力には自信があります。ハンバーガー3つと3時間の睡眠があれば3日動けます!」
面「へえ。何かコツはあるんですか?」
僕「『朝』と思われる時間にシャワーを浴びることです。僕は毎朝シャワーを浴びる習慣があるので、シャワーを浴びればその時間が『朝』、つまり一日の始まりであると体に思い込ませることができます。」

会話の内容はバカみたいですが、ここで上記の会話を持ち出したのは、上記のエピソードの中で「リセット」に言及されているからです。この場合は「シャワー」。

「リセット」とは、体力や気力、気分やらなんやらを一旦定位置に戻すこと。ニュートラルな状態にすること。そこを起点として、新たなアクティビティを始めること。
「リフレッシュ」とか「リブート」、「気分転換」とも言えるかもしれません。

「リセット」は日々の色々な瞬間にあります。
たとえば睡眠は、日次のリセットです。睡眠をとることで、1日の行動で消耗した体力及び精神力を回復させ、ニュートラルな状態に戻す。土日の休みは週次のリセットですし、正月休みや夏休みは年次のリセットです。
他にも、その人独自のリセットの手段もあると思います。朝、出社した時にその日のタスクを書き出して優先順位をつける作業、長時間の会議の後一度コーヒーを飲む、朝シャワーを浴びる、などなど。
こうしたリセットの作業、儀式を我々は日々意識的にも無意識的にも行なっているのだと思います。

さて、ではなぜ出張期間が長くなると集中力がもたなくなるのか。
それは仕事に必要なある特定のリセット儀式ができなくなるからです。

僕はとても飽きっぽいので、一定の頻度で気合いを入れ直す必要があります。
例えば、数分、数時間レベルの短期的なリセットとしては、「手を洗う」ことが僕にとって重要な儀式です。ちょっとくたびれた時、ふと集中力が切れた時、考え事がなかなかスッキリまとまらない時、僕はよく冷たい水と石鹸で手を洗います。そうすると頭がスッキリする気がします。
一方で、数日、数週間レベルのリセットに必要な儀式は、「自席での一人の時間」です。この時間に、大好きな缶コーヒーを飲んでリラックスをしつつ、自分のやるべきタスクを見渡し、やる気のない自分の尻を叩いて気合いを入れ直す。すぐにとりかかるべき作業があればその段取りを頭なの中に描き、すぐにとりかかるべき作業がなければこの時間を使って何ができるか考え、舌打ちをしながらそれを始める心構えを作る。ここで重要なのは「自席」であることと、「一人の時間」であることです。なぜかはわかりませんが、それで僕の頭はリセットされます。

ただ、「自席」であっても他人に何か邪魔されていてはリセットできませんし、「一人の時間」であってもそれが自宅では仕事のためのリセットはできません。このため、出張中は、この儀式をすることがなかなかできません。
「チームの海外進出を支援する」という現在の業務の特質上、出張の際は必ず誰かと一緒にいます。その同行者は支援対象であるが故に、ある程度出張期間中べったり同行することが多い。それこそ朝の会議から、夜の食事まで。このため一人の時間を持つことがなかなかできません。さらに一人の時間が持てたとしても、それは「自席」ではない。大好きな缶コーヒーもない。
2週間程度ならなんとかなりますが、3週間以上になるとだんだんこの儀式抜きでは集中力を維持できず、惰性で仕事をしてしまうことがだんだんわかってきました。

ちなみに、インドネシアに赴任する直前は1ヶ月くらいの出張を半年以上繰り返していましたが、この時は集中力を維持することができました。それは既に赴任が前提だったので、インドネシアに「自席」があったこと、そして社員の帰宅後は「一人の時間」を持つことができたためです。

ただこのままでは使い物にならないので、当面は、こうした儀式抜きでも集中力を保てるようにすること、もしくは集中力を再生産する技術を身につけること、などの対策を講じられるといいなと思います。まあもしかしたら「ただ緊張感が足りないだけ」なのかもしれませんが。


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