通訳の技術。

最近は仕事で東南アジア方面に行くことが多く、そこでは現地の日系企業よりも現地企業の人々と話す機会の方が多いです。こういう場合のコミュニケーション手段、つまり使用言語として最も多いのはやはり英語。しかし時々、商談の相手が英語を話せないという場面に遭遇します。

現時点での印象では、インドネシアの人々は英語を話せる人の割合が多いと感じます。相手が政府関係者の場合、会議の冒頭では英語を話していたのに途中からいつの間にかインドネシア語になってしまうことが多いですが、商談の席につく人の多くは英語を理解します。一方で、ベトナムは逆の印象です。英語を話せる人の割合がそもそも少ないですし、仮に話せたとしても話そうとしません。会議の最後の最後で先方が英語を話し出して「話せるのかよ!」と驚かされたことも何度かあります。このため、ベトナムでの商談は非常に苦労します。

上記のベトナムの例のように、先方が現地の言葉しか使えない、または使わない場合、こちらも現地の言語を話すことができるのがベストです。が、なかなかそうも行きません。このため、多くの場合は通訳を介してコミュニケーションします。通訳といっても本業のプロ通訳を雇うと商談の度に費用が掛かってしまうため、例えば自社の現地拠点で働いているベトナム人などに通訳をしてもらいます。

しかしこの通訳、思った以上に大変です。
一般的に通訳を介するとその会話の生産性は大きく下がります。これはプロの通訳を雇った場合でも同じです。話し手と聞き手の間にもう一人の人間が挟まるために、そこで情報のフィルターやバイアスがかかってしまう。またその一人の人間を介さなければならないため、情報伝達の速度は必然的に遅くなる。
ただ、プロの通訳とそうでない人間が通訳をする場合では、生産性の下がり方は大きく異なります。当然ですが、プロでない人間が通訳をする場合の方が圧倒的に生産性が低い。例えば日本人同士など双方同じ言語を理解する場合のコミュニケーションにかかる時間を1とすると、プロの通訳を介した場合は2、そうでない通訳の場合は4という印象です。もちろん上述したような「本業の通訳ではないが、自社グループに勤めている人材」の方がプロの通訳よりも業界や案件についての理解度が高かったりするので一概には言えない部分もありますが、しかしこれまでの僕の経験を踏まえる限りでは、このような印象に至ります。

何がこのような生産性の違いを生み出すのか、またどのように対処すれば効率的にコミュニケーションできるのか、先日の打ち合わせ中に考えたことをちょっとここでご紹介したいと思います。

そもそも通訳にはどういう能力が求められているのでしょうか。
僕は、通訳には下記の3つの能力が必要であると考えています。

  1. 論理的思考能力
    通訳をする人間には、こちらの話の内容、そして相手の話の内容を的確に理解し、場合によっては言い換えたりシンプルにするといった加工をすることが求められます。また曖昧な表現等があれば翻訳をする前に先方に確認するといった作業も必要です。これらを正確に行うためには、論理的思考能力は不可欠です。
    また、そういったフレーズ単位の解釈、加工のみならず、「今は今日の議題の中のどの部分について議論されているか」「この議論は本筋から逸れているのか、いないのか」などといった点も判断し、場合によってはファシリテーションすることも時には求められるのではないかと思います。このファシリテーションは、バイアスを掛けるという意味でプロの通訳には冗長な機能かもしれませんが、先述した自社要員など「会議に参加する一員」と「通訳」という2つの立場を兼ねている場合、会議の生産性向上のためには必要になのではと思います。
  2. 専門知識
    商談をしている場合、その商材や業界に関する専門知識がないと、正確な通訳は非常に困難になります。製造業では「歩留まり」といった単語の理解は必須でしょうし、IT業界の場合「申請」という意味での「Application」と「ソフトウェア」という意味での「Application」は文脈に注意して翻訳する必要があります。
    このような業界固有の表現や言い回しについても予め把握、理解しておくことが通訳には求められると思います。
    また、当該商材や案件の特徴、またその商談に至るまでの経緯についても把握しておくに越したことはありません。この部分をプロ通訳の方に求めるのはなかなか酷かもしれませんが、これを把握しているか把握していないかも会議の生産性には影響を及ぼします。
  3. 複数言語の運用能力
    最後に言語能力です。通訳ならば当然ですね。先方がローカル言語Xを話し、こちらが日本語を母国語とする場合、少なくともX語と日本語、またはX語と英語という最低2言語の運用能力が通訳には求められます。
    ちなみに、通訳の対象が「X語」と「日本語」である場合、通訳を行う者にはかなり高度な日本語運用能力が求められます。このエントリーにも書いた通り日本語という言語はそもそも非常に曖昧であるため、話し手のちょっとしたミスですぐに聞き手が混乱してしまうためです。助詞を間違えたり、尊敬語や謙譲語を使う主体を間違えたりすると、聞き手の頭にはすぐに?マークが点灯してしまいます。

理想は、上述した3つの能力の全てを1人の通訳担当者が備えていることです。
しかし、自社の現地拠点において、これら3つの能力を備える人材を限られた予算内で獲得するのは至難の技。多くの場合は、この内の1つか2つの能力を備えている人材を確保できれば上々です。
従って、このような制約の中で現地企業との商談を行うと、膨大な時間を費やすことになります。

ではどうすればいいのでしょうか。

1つのやり方は、上述した3つの能力を1人の人間のみに期待するのではなく、他の会議出席者と間で分担する、という方向性です。
例えば、通訳者の論理的思考能力が十分でなくても、先方や当方の話し手がそこに配慮して平易な表現をするように努めたり、わかりやすい例を用いたり、議題の中のどの部分について議論をしているか頻繁に確認したりすることで、この部分を補うことができるのではないかと思います。

また、言語運用能力を他者が代替するのは困難ですが、それでも翻訳対象の言語を「X語から日本語」ではなく「X語から英語」に切り替えるだけでも大きな生産性の改善が見込めると思います。高い日本語運用能力を持つ人材は非常に稀ですが、コミュニケーションに耐えうる英語運用能力を持つ人材を探すのはそう難しいことではないためです。英語という言語の特性を考えると、個人的にはこれが最も機能すると感じています。

他に、言語以外の表現手段を利用する、というやり方もあります。例えばホワイトボードを利用した図示を多用したり、日本人同士の商談では省いてしまいそうな資料もちゃんと準備して持っていったり、という方法が挙げられます。当日の議題を紙の資料にして、お互いにそれを見ながら議論するだけでもファシリテーションの苦労は大幅に削減されます。

上述のようにいくつかの対策を考えてみましたが、やはり理想的にはこちらのローカル言語運用能力を高めるべきと思います。
逆の立場で考えた場合、つまり我々が日本企業の一員として日本で外国企業の営業を受ける場合、その外国人営業担当者が日本語はおろか英語も話せなかったら、恐らく我々は「こいつ何しに来たんだよ」と思うに違いありません。この時点で営業担当者のやる気が疑われてしまい、商談の成否はコミュニケーション以前の問題になってしまいます。
一方で、英語を話せた上で、ローカル言語の挨拶などをできるようにしておくと、多くの場合商談相手に喜ばれます。日本に来ている外国人営業担当者が日本語で簡単な自己紹介をするのを見ると、やはり前向きに見えるものです。
この点を肝に銘じつつ、僕もローカル言語運用能力を一層研鑽していきたいと思います。


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