僕が海外赴任する際、営業要員として派遣されるという話でした。しかし蓋を開けてみると僕の役割は「なんでも屋」でした。
設立直後の会社で、日本人は社長と僕の2人しかいない。従ってほとんどのオペレーションは僕が主導しなければならない。
本来の役割だったはずの営業に注力する前に、まず要員を揃えて様々な仕組みを作って会社としての体裁を整えなければならない。最初はそれらの作業を全て自分一人でやっていました。客先に話を聞きに行ってから提案資料を作り、工数を見積もってWBSを書き要員をアサインし、その前に要員計画を考えJob Descriptionを書いて面接、給与交渉をして採用し、一方で支出の管理や支払い処理に口座残高の管理、経営戦略の策定支援をしつつ社是のようなものを作って社員と共有、さらにオフィス移転の準備をしつつ必要な資材のリストアップと調達。
当然ですが僕だけのマンパワーでは回りきらない。どれだけ残業をしても回らない。
そんな僕に対して社長は常に僕にこう言いました。
「君は作業をするな。作業は全て社員に任せろ。君がいなくても回るようにしろ。」
やってみました。そしたら一層大変になりました。
とりあえず社員に色々頼むものの、社員もどうすればいいのかわからない。そのため僕に聞く。確認する。次第に僕の時間のほとんどは社員の質問・相談対応で塗りつぶされることとなりました。またうまく彼らに任せられても品質が安定しない。それはその仕事や成果物の責任が自分にあると思っておらず、僕の仕事の「手伝い」をしているという感覚であるため。そのため時には僕が介入しなければならず、結局僕の忙しさは変わらない。
僕「社長、僕が知ってることは任せられるんですが、知らないことはタスクに落とせないので任せられません。任せても結局聞かれ、僕が考えなければなりません……。」
社長「うーん、きっと君はコーチングを学んだ方がいいんだろうな。」
当時出張が多くしばしば日本に帰っていた僕は、早速コーチングの本を数冊買いました。本書はその中の一つ。
コーチングとはカウンセリングのようなものだと思います。
以前ある機会にカウンセリングを受けてから、僕は常々「カウンセリングは心が病んでるとか関係なく日常的に受けるべき」と思っています。それは、「カウンセラーが適切な問いを投げかけてくれるから」です。僕の人生を変えた本の一つ「伝わる・揺さぶる!文章を書く」を著した山田ズーニー氏は「『意見』のあるところ、必ず『問い』がある」と言っている。つまり人の意意見や意志を導くには「適切な問い」が最も有効であるということ。カウンセラーはその「問い」を与えてくれる。
もちろん自分一人の「自問自答」でそれが達成できれば素晴らしい。しかしそれがいかに困難かは、就職や結婚など人生の大きな転機で苦しんだ人ならばお分かり頂けると思います。その一方で、家族や友人、会社の同僚が発した「何気ない問い」、しかし自分にとっては「意外な問い」、そんな「問い」に自分の真意があぶり出された経験をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。「自問自答」は「問」と「答」が自分の中に共存するため、問にバイアスがかかる。このバイアスを取り除きつつ適切な問いを自分に投げかけるのは至難の技。しかし他人ならばそのバイアスから簡単に解放されます。
本書はそんなコーチング(僕は勝手に「カウンセリング」だと思っていますが)のノウハウをぎゅっと閉じ込めた一冊。
この「◯◯の基本」シリーズは、「コンサルティングの基本」や「経営戦略の基本」など様々なジャンルについて書かれており、著者はそれぞれ異なるものの(当然ですね。専門分野が異なれば専門家も異なる。)その装丁のシンプルさ、内容の高度さから個人的に結構気に入っているシリーズの一つ。深堀りするにはやや情報量は不足気味だが、俯瞰するにはどのジャンルについても最適。「コンサルティングの基本」はコンサルタント専門転職エージェント「ムービン」の社長が書いているため、やや転職に偏っている感もありますが、「経営戦略の基本」は既知の分析手法等について斬新なまとめ方をしていたりして「俯瞰だけ」という割に新たな発見があって面白かったりします。本書も日本最大のコーチングファーム「コーチ・エィ」の社長が著したもので、相変わらずの安定したクオリティ。
このコーチングの手法と、「ハーバード流交渉術」は僕のワークスタイルを変える大きな助けになりました。今までは社員に対して「指示」を投げるだけでしたが、今は解決すべき問題や達成すべきゴールを共有し、一緒に考えるスタンスになりました。結果として、社員は自分の仕事を「振られたタスク」ではなく「自分の仕事」と考えてくれるようになり、彼らが僕を手伝うのではなく僕が彼らを手伝うようになりました。徐々に僕のすべきことは彼らの進捗をモニタリングすることにシフト、お陰で僕の仕事量もだいぶ余裕が出るくらいになりました。
以前は一部のコンサルタントのみが知っているノウハウだった「ロジカルシンキング」「MECE」「SWOT分析」などの手法は今や若手ビジネスマンであっても一度は耳にしたことがある程度まで普及しています。コーチングの技法もそれらと同様に普及したらいいのに、と個人的には思います。
自分に対しては本心を探る手段として、相手に対しては相手の自発的な行動を促す手段として、コーチングの技法は非常に有効。わざわざカウンセラーに高い相談料を支払わずとも、家庭や職場で日常的にお互いにコーチングすることができれば、皆がよりハッピーになれるのでは、なんてことを海外で四苦八苦しながら考えたりしています。
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