マンキュー経済学 (Gregory N. Mankiw)

マンキュー経済学 (Gregory N. Mankiw)


2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した方々の一刻も早い救出、復旧を願います。


先日久々に放送大学を見てみました。
講義の内容は「公共財の最適化」について。
経済学部卒にもかかわらず経済学にまるで興味を持っていなかった学生時代への反省と、ようやく興味を持った今ならばエンジョイできるだろうとの期待からちゃんと見てみましたが……やっぱりまるでエンジョイできませんでした。というかすごーくつまらなかった。
なぜか。
まずテレビの中にいる先生は教科書の内容をただただ棒読みしているだけ。
さらにその読み方には抑揚がなく、そして話し慣れていないのかよく言葉が詰まるので講義の内容がまるで頭に入ってこない。
どういうところが論点が、現実の問題にどのように当てはめられるか、先生個人はどういう考えを持っていてどのような議論が重要だと考えているか。
そんな話は一切なく、ただただ砂を噛むような灰色の時間が淡々と過ぎていく。
うーん。

僕が学生だった頃、大学の講義の大半もこれと同じで、そのため全く興味を持てなかったし好奇心をそそられませんでした。
しかし、今は経済学に興味を持っています。それは、ある瞬間にその興味の向きが反転したから。
その反転の瞬間とは「現実世界との繋がりがリアルに実感できた瞬間」でした。

例えば、経済学。
参政権を頂いてしばらくしてから、投票行動の動機が「なんとなく」であってはいかん!と思うようになりました。そのため、投票の際どのような政策を支持すべきかをちゃんと考えるように。社会保障を厚くすべきか薄くすべきか、雇用を政府が保護すべきかすべきでないか、消費税率を上げるべきか下げるべきか。これらの論点に関する諸説を学ぶうちに、各言説の根拠となる理論を目にする機会が増えました。その中で「需要曲線」や「比較優位」などの昔懐かしい単語を目にした瞬間、そこでようやく学生時代に学んだ灰色の学問と現実世界の繋がりを実感でき、急速に経済学はカラフルに見えるようになりました。
世界史も同様です。
そもそも僕にとって、世界史という教科は人物名や地名、年号をただ暗記するものとしてしか認識していませんでした。授業も試験もそういう形式だったから。しかし、塾で世界史の授業を受けていたある時、現在も続くイスラエルとパレスチナの揉め事の背景を学んだ瞬間、急に点と点が線で繋がり、空虚に見えた単語達がカラフルに見えるようになりました。これも「現実世界との繋がり」を実感した瞬間でした。

恐らく上手な講義というものはこういうところを押さえているものだろうと思います。
経済学の用語や世界史の年号をただただ暗記するのはただ闇雲に点を認識するだけ。
それらの点がどのような線で結ばれ、その線がどのような絵を描くか、その全体像を認識して初めて、それらの点や線を学ぶことに興味が湧くのではないでしょうか。
そしてその絵が現実の生活、暮らしとどのように関連しているかを解説できるかどうか、さらにその絵のどういうところに教授個人が興味を感じるかをアツく語れるかどうか。
これらが上手な講義のキモなのではないかと思います。

逆に言えば、高校生だった僕が世界史に興味を持てたのは塾の先生がこの点を押さえて教えてくれたから、大学生だった僕が経済学に興味を持てなかったのは大学の教授がこの点を押さえて教えてくれなかったからとも言えます。(些か他力本願ですが。)
ビジネスの世界では、スピーチやプレゼンテーションが聴衆に理解されない場合その責任はスピーカーやプレゼンターが負います。
まして学生から授業料を得て教えている教員は、学生が興味を持つように、そして理解するように努める、というのが基本的な姿勢ではないでしょうか。

少し話は逸れましたが、僕が「マンキュー経済学」を素晴らしい教科書であると考えるのはまさにこのポイントを押さえている点につきます。

まず、経済学の教科書であるにもかかわらず、その語り口は重厚な教科書ではなくライトなエッセイを読んでいるかのようです。
非常に平易でわかりやすい。それでいて無駄がない。
ただただ難しい専門用語とその意味を羅列するのではなく、「そもそも論」から丁寧に優しく読者に語りかける。
さらに、各理論を学ぶ前に必ずその理論が現実のどういう問題を対象にしているか、平易かつ具体的な例を用いて説明することで、読者に予めゴールを見せる。
要所要所に挟まれるコラムには、その前後の章で語られた理論に基づき現実の雇用問題や国際貿易を考察するとどうなるか、という具体論も示されている。
昨今音声や動画等を活用してコンテンツはどんどんリッチになっていますが、その一方で素晴らしい活字はその表現力において退屈な動画を超えるという好例だと思います。

また本書が素晴らしいのは、著者の執筆姿勢です。
「自分がどのような読者を対象とし、その読者がどのレベルまで理解することをゴールとするか」という執筆目的についてしっかりと熟慮されており、その目的に沿った様々な工夫を凝らしています。
例えば、冒頭の学習ガイドラインや各章末尾の要約、そして復習問題と応用問題。
冒頭の学習ガイドラインでは、まず読者が学びたい項目に基づきどの章を読むべきか(逆に言えばどの章を飛ばすべきか)、どのように学習すべきかというガイドラインを示しています。これにより、経済学の初学者であっても着実に独習することが可能です。
また各章の末尾には必ずその章で説明されたことの要約がまとめられており、復習に最適な構成となっています。
さらに、驚いたのは各章に付けられた復習問題と応用問題の量、そして質。
復習問題は単純に学習した理論を確認するにとどまっていますが、応用問題がスゴい。
平均10問もの問題がつけられており、さらに各問に遊び心があって面白い。
例えば第一章の応用問題の一つは以下のようなものです。

[quote] 6. 魔法ポーション会社の3人の経営者が、生産量の増加案を検討している。どのように決めればよいか、それぞれから提案があった。

ハリー: わが社の生産性、すなわち労働者1人当たりのポーションの量が増加するか減少するかで決めればいい。
ロン: わが社の平均費用、すなわち労働者1人当たりの費用が増大するか減少するかで決めればいい。
ハーマイオニー: ポーションの販売を増やしたことによる収入の増加分が、費用の増加よりも多いか少ないかを検討すべきだと思うわ。

誰が正しいだろうか。またそれはなぜか。[/quote]
このように、文章の語り口からページレイアウト、色使い、応用問題やケーススタディに関するコラムなど、本書のあらゆるものが筆者の目的意識と整合している点、それが本書が素晴らしい点であると言えます。

経済学、特にクラシックなミクロ経済学やマクロ経済学はともすると「非現実的な前提に基づく空論であって現実世界には当てはめられない!」とも言われがちです。
もちろん昨今の行動経済学ブームに見られるようにモデルを簡略化して分析することに伴う限界はありますが、その一方でこれらの理論は我々が生きる資本主義社会の基本的なルール、構造です。
これらを知っておくのは損なことではありませんし、むしろ日々をより賢く生きるためのガイドラインを提供してくれます。
もしあなたが経済学を学びたいと思うのであれば、本書を手に取られることを強くオススメします。というか、ほんと、絶対、オススメです。

※ちなみにマンキュー経済学には3種類あります。
「ミクロ編」、「マクロ編」、そして両者を合わせた「入門編」です。それぞれは安くないので、「2冊買うのは高すぎ!」という方は「入門編」だけでもいいかもしれませんね。

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